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あいにくですが、私は父の実の娘になりたかったです!!  作者: 家具付
私の父は育ての親なんです!!
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1 はじまりの出会い

新しいシリーズを始めました!! よろしくお願いします!


じゃらりら、という音とともに意識が覚醒する。


次に目に入ったのは、奴隷を運ぶ運搬の馬車の中らしき世界。




「……あれ……」



頭がとてつもないくらい痛い。そして体中が一体どんな目にあったのだと言わんばかりに激痛を訴えて来て、私は自分の体を抱え込んだ。


「っ……うう……!!」


痛みからぼろぼろ涙が出て来る。それでも頭は痛み以上に混乱を訴えかけて来ている。

私の覚えている記憶と、今現実として起こっているこの痛みが一致しないのだ。

なにが、どうして、いったい、ぜんたい。

ぐちゃぐちゃになりそうな脳みそで、私は大きく息を吸い込んで、どれくらい時間が経っただろう。何か物事を考えられる程度まで痛みが和らいだから、私は周囲を見回した。


「……うえっ……」


周囲を見回してとても後悔した。誰だってこの光景を見る事になったら後悔するだろう。




私の周囲は死体しかなかったのだ。それも、何日も時間が経過しているような死体。


色んな腐臭で心も鼻もおかしくなりそうなその空間は、国でもう禁止して久しい奴隷を運搬するための馬車にしか見えない造りで、累々と転がっている死体は皆、奴隷の印である枷を手や足につけられている。この枷は奴隷商しか外せない鍵でつけられているから、逃げ出してもそう簡単に自由になれないという事を物理的に示しているものなのだ。

事実私の首にもそれが付けられている。

なんとなくじゃらじゃらいう音の出所を触ったら首だったので、ああ、私の首にも枷があると分かったのだ。

これは十分な現実逃避だろう。まさか目を覚ましたら、何もわからない状態で死体しかない空間に一人残されているなんて、はっきりいって発狂しても驚かない。


「……」


私は空気を吸い込もうとして、あまりの腐臭の酷さに咳き込み、ここから出なくては、とようやくまともに働きだした思考回路で思った。

周囲の、一体どういう死に方をしたのか考えたくない屍たちの山をよじ登り、踏みつけて、必死に体を出口だろう場所まで動かして、私は……絶望しそうになった。

出口だろう場所は、鍵がかなり頑丈にかけられていたのか、私の小さな手ではびくともしなかったのだ。


「……ここで死ねってか? ふざけんな!!」


がたがたと出入口である扉の空気穴の鉄格子を、力いっぱい動かしても、弱っちい体ではとても自分が抜け出せる穴などあけられるわけがなく、私は怒鳴る以外に選択肢を見つけられなかった。


「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!! こんな形で死ぬなんて納得できるか!! くそ、あけ、あけ、あけええええええ!!!」


私の怒鳴り声は、私の体がかなり衰弱している事も相まってか、とても小さな声だった。

万全の体調なら、近くの烏が逃げだすくらいは造作もなかっただろうに。

私はかすれ声で怒鳴り、動かない鉄格子を揺らそうとし、ついには思い切り頭を打ち付けた。

頭蓋骨の強度で、ちょっとは動かせないかと思ったのだ。

がつん!! とかなりいい音がして、そして私は目から星が飛び出しそうなほどの痛みで、死体の山を転がり落ちそうになった。


「っ、う、ううう……!!」


確かに、あのまま死んでもいいと思って、消えゆく自分の両手に未練など覚えなかったさ。

あの人の本当の幸せがやっと訪れるのだと思って、満足して、消える自分に対して、なんにも後悔なんてなかったか。……いや、あったか。幸せなあの人を見守りたいと、ちょっとは思ったか。

でも、こんな風に訳の分からない場所で野垂れ死ぬ運命なんぞ、誰が納得して認められるものか。


「くそがあああああああ!!!」


私が喚いたその時だ。

それまで私は周囲の音を何も聞いちゃいなかったのだが、その時不意に、弦楽器の音に似た何かが止まった事に気が付いたのだ。


「……え?」


誰かが、この馬車の外にいるのか?

……だったら、出してもらえるかもしれない。助けてもらえるかもしれない。

奴隷としてどっかに売り飛ばされる未来かもしれないけれども、ここで死ぬよりはずいぶんとマシな道だ。

私はなにか、なにか音を立てる物がないかと周囲を見回して、ろくなものがないから、必死に力の入らない腕で、鉄格子を殴った。

殴って叫んだ。


「だして、助けて、開けて!!」


「……人の声がするね。暗闇」


私の声が聞こえたのだろうか。外からとてもきれいな男の人の声がして、かたかたと何かがぶつかり合う音がそれに続いた。


「生き残りがいるみたいだ。なあ、君なら出来るだろう、あの鉄格子を開けておくれ、私の幸いなる暗闇」


かたかたかたと、彼の声に何かが音を立てて返事をしている……のか?

なんなんだと不気味に思う部分もあったけれども、私はここで見放されてはたまらないと、また叫んだ。


「手伝って、中からじゃ、開かない!」


「そうかい、完全に手助けはしない方針なのか。でも暗闇、小さな女の子の声だ。君が手助けをしなくても、私は小さな女の子に手を差し伸べない方針じゃないんだ」


かたかたかたかた……と音が響いて、そして。

一人分だけ聞こえて来る、とてもとても美しい声が、私にこう言った。


「一度、頭を引っ込めてくれないかい。扉をこじ開けるのに、乱暴な方法を使うから」


「はい!!」


あ、少なくとも出してもらえると理解した私が、頭を引っ込めた時だ。

人影が差し込めて、鉄格子の空気窓に、何か湾曲した道具……大工さんとかが解体工事に使う奴だ……がひっかけられて、てこの原理でめりめりと鉄格子を剥し始めたのだ。


「これで出られるかな?」


人影が、出入口を見下ろしてそう言う。私はそこから出ていこうとして、やや穴が小さいから、こう言った。


「ちょっと、小さい……」


「ああ、なるほど。もう少し広げないとな」


そう言ってその人は、めりめりばきばきと解体工事に使う道具で穴を広げて、そして光が差し込んできた時に、上から手を伸ばしてきた。


「この手を掴んでくれないかい。引っ張り上げるから。大丈夫大丈夫、暗闇が手を貸してくれるから、私の弱い腕でも大丈夫」


伸ばされた手は、確かに逞しいものでも何でもなく、指も細くて、力自慢とかではなさそうだった。

でも、私はその手しか、自分を手伝ってくれる相手などいないから、一生懸命に手を伸ばしてその手を握った。

そうすると、相手が私をやっと奴隷馬車の中から引きずり上げてくれたのだった。


「ああ、暗闇、言った通りだ。この子はまだ四歳くらいじゃないか」


「……」


私は何かを言おうとして、何も言えなくなってしまった。たぶん私じゃなくても言葉を失うだろう相手だったのだ。

私を引っ張り上げれくれたその人は、薄い青色の柔らかな癖毛を適当にまとめた男の人で、その髪の毛の珍しい色以上に、顔の半分を覆いつくす包帯が目立つ人だったのだ。

顔の半分を、目を完全に覆う形で隠すその人は、口だけしか表情を読み取らせる事のない人相で、それでもずいぶんと優しい形で笑った。


「こんな小さい子まで、奴隷馬車に乗せるなんて、ずいぶん珍しい話じゃないか。……ああ、君も奴隷にされてしまっていたんだね。大丈夫、首の枷はすぐに何とかしてあげる」


その男の人は、私をぎこちなく抱っこしてから私の首に触れて、枷がそこにあると分かったんだろう。そんな事を、安心させる調子で言った。


「私の幸いなる暗闇、今宵は君のために水の歌を歌うから、この子の枷を外しておくれ」


いったい何にこの人は喋りかけているんだ? 私は周りを見回してみたけれども、暗闇と呼びかけられている相手を見つけられなかった。

でも。

かたかたと、彼が腰からぶら下げているあまり実用的と言えない、小さすぎる水筒のふたがかたかたと音を立てて、そこから目にも止まらない速さで、真っ黒な何かが飛び出し、私の首に軽い振動が走った。

そしてがちゃん、と呆気なく首の枷が外れたのだった。


「……」


私は相手をよくよく見た。この人は、いわゆる魔物使いなのだろうか。壺の中の魔物なんて聞いた事がないけれども、何かを従えているのは間違いないのだろう。

この人が、目を覆っているのに、他に仲間もいない状態でここまで来た事と関係あるのだろうか……?

私は言いたい事や聞きたい事がいくつもいくつもあったのだが、やっとひどい空間から脱出出来た事で心が安心したのか体の力が抜けたのか、一気に気が遠くなってしまった。






「暗闇、また食べたのかい」


かたかたかた……そんな音で、私は目を覚ました。ここは一体どこだろうと思うと同時に、焚火をしてた人が私の方に首を動かした。


「ああ、目が覚めた。君は三日も眠っている物だから、知り合いの医者を頼ったんだけれども、ゆっくり体を休める事が一番って言って、お金だけ取られたよ。あの人嘘は言わない人だから、信用できるけれども」


「……あの、助けてくれてありがとうございます」


焚火をしていると思った場所は室内で、簡単に設置の出来る天幕の中だった。

入口の大きな、骨組みを組んだら一気に立ち上げて、上から布をかぶせる簡略的な物で、それは一人か二人用の小さなものだった。

ずいぶんと使い込まれている天幕だなと思いながら言うと、その人はこちらを向いたまま言う。


「いいんだよ。君みたいな小さな子が、気にしなくていい事だ」


そう言って、彼は手元を探って、あのかたかた音を立てる方ではない水筒を差し出してくる。


「飲みなさい。君はずいぶんと喉が渇いているはずだ。暗闇に手伝ってもらって、慣れない看病をしたけれど、やはり自分で飲んだ方が楽だろう」


そう言ったその人はまた優しい口で笑って、言われるがままに私は水筒の中身を飲んだ。

ここで騙されて変なものを飲まされても、あの馬車の中で死ぬ未来よりましだから、受け入れたともいえる。

そんな私の内心を、どう読み取ったのか、彼が言う。


「君はずいぶん苦労した人生だったんだね。そんな小さいのに修羅場をくぐった事が多そうだ」


「……あの……」


「なんだい? 苦くて飲めなかったかい?」


「いえ、そうじゃなくって……あの、お兄さんの名前って何て言うんですか」


「アーダ」


「アーダ? わ、私はエドっていうんです」


「それは省略名かい? 女の子のエドなんて珍しい」


「……みんなそう呼んでたから、わからないです」


それは半分事実で、半分嘘だった。

私はどうしてか、二つの名前を自分のものだと思っている感覚があって、その片方がエドなのだ。

そしてもう一つの名前の方は、別に言わなくてもいいと思って、言わなかった。

そして、この体の記憶として存在する思い出の中で、私はいつものろまなエドと呼ばれていた。


「君はその名前があまり良い意味じゃないと知っている様子だね、じゃあ私が新しく君の呼び名を作ってあげよう。そうだな……エーダだ」


「えっ」


私は目を見張った。そしてアーダさんは心が読めたりするんじゃないだろうな、と疑ってしまった。

エーダは、私が消滅の運命を受け入れる前に、名乗っていた名前だ。でもこの名前もきっと何かもっと長い名前の省略形だっただろう。省略される前の正式名称は、ついに覚える事無く私は、前の人生を終わりにしてしまったから、わからない。

エーダという名前は、こんな事情から結構複雑な思いを抱く名前である。


「……エーダも嫌い? いや、複雑な名前なのか。じゃあ、じゃあ……」


彼は首をこちらに向けたまま、ぶつぶつと一人言うから、私は慌てていった。


「エーダがいいです」


「そうかい、それならエーダと呼ぼうか」


彼は納得した調子で言い、焚火の音でそちらに向き直った。

そして焔の方に首を動かした彼は、不意に天幕に何か……目に見えない何かが入ってきたように、顔をあげて、私には見えない何かに笑いかけた。


「漆黒の暗闇、また君は。……おやおや、そうなのかい。君は足も速いし耳も飛び切りで、本当にすごい」


「あの、そこに誰がいるんですか」


私は何もない所を見て喋るアーダさんに、どうしても気になって声をかけた。彼の操る魔物なのだろうか。怪しい気配も何も感じられない相手で、どうしていいかわからなかったのだ。

そして私の問いかけに、アーダさんが首をこちらに向けてから、また何かの方を見て言う。


「エーダ。ここにいるのは、私をいつも助けてくれる相手だよ。名前もないというから、私は暗闇と呼びかけているんだ。とても親切で、歌と音楽が大好きな素敵な相手だよ。普段は私の腰にある、この壺の中で過ごしているんだ。でも夜になると、あちこち駆け回って遊びに出かけるんだよ」


……あまり深く聞いてはいけない相手だ、とここで経験則が知らせてきた。神に近い何かの正体をとやかく言うと、だいたい呪われるか祟られる。

私はその被害者が、解呪の依頼を受けるために、そう言った組織を訪ねて来る話も前世で聞いた事があったので、それ以上聞かない事にした。

アーダさんの親切な知り合い、という立ち位置以上で考えないようにしよう。よし。

私が納得していた時である。アーダさんはこちらを向いたまま、ちょっと考えた調子でこう言った。


「君は、誰か頼れる相手はいるのかい。このあたりだと、親戚が親を亡くした子供は引き取ってくれるものなんだが」


「……皆流行病と人買いに連れて行かれて、あてなんてない」


「ああ、数年前、砂漠の緑の山のあたりで流行った病だろうね。聞いたところだと神のいとし子が、神を捨てて逃げ出そうとした事を庇った、地方の領主の館から流行った病だ。神罰だから、その地方の人間以外は全くかからなかったという話だった」


「……」


私はそこで、この体の記憶が頭をよぎったので何も言えなかった。

体の記憶によれば神のいとし子とは、文字通り神様が特別に愛している人の事で、その人の魂や体を経由して、神様は世界に干渉すると言われているほど、大事な人だ。

……それは、消滅する前の私が過去を変える事を決めた原因で、まさか私は、同じ世界で全く違う肉体で生まれ変わったというのか。

……あり得ない話じゃなさそうで、私はもしかしたら、あの人の事を何かしら聞けるかもしれないと思った。

とても大切な人の、本当の幸せのために私は命を懸けたのだ。その後の事なんて何も考えなかったけれども、もしかしたら、その人の事を何か知れるかもしれない。

そんな事を考えた後に、思い出したのは、神のいとし子が可哀想、自由になりたかったのよと言った両親や姉が、翌日病に倒れて翌々日には物言わぬ姿となった事だ。

……苦しむ日数はとても少なかったから、あれはもしかしたら神様の恩情だったのかもしれないけれども、両親も姉も病に倒れたから、私は気味悪がられて、とばっちりを恐れた村の親戚達に物置に閉じ込められて……結局、村を襲った人買いに皆捕まえられて、ばらばらに連れて行かれたので、もう何とも言えない。

神様っていうのは変な真似をしていい相手ではないのだ……


「そうかそうか、行くあても頼る先もないのか……じゃあ、君、私の子供になるかい」


黙った私の事をどう思ったのか、アーダさんが妙な事を言った気がした。


「は?」


「私は子供を育てた事は一度もない、あまり頼もしい父親にはなれないだろうけれども、いないよりはずっといい相手だよ、どうだい」


……前の人生では、家族の縁は私にとってとても薄い物だった。

だから、この、あっけらかんとした調子で、子供になる? なんていう感じの軽さが、なんとなく親しみのもてるものに思えて、頷いてから、相手は見えないんだと思い出して、こう言った。


「なる。私、あなたの子供になるから、あなたは私のお父さんになって」


保護者のいない子供の行く先はあまり良いものではないことは、どこでも共通している事だ。

故にここで、嫌だという選択肢は命取りにしかならない。


「……では親父と呼んでくれないかい、私はじつは親父と呼ばれる事にとても憧れがあって」


「……親父?」


促されるままに私はその呼びかけをすると、アーダさん……親父は、暗がりでもわかるほど嬉しそうに頬を染めて、くふくふと笑った。


「うん、君の親父だよ」




こうして、私は親父と一緒に生活する事になったのだった。

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