一人の少女
「どうしてよ……仲村さんのことなんて、忘れちゃえばいいじゃない……自分の幸せを探せばいいじゃない……せっかく、いなくなったのに……」
つぶやきながら、ねずみ色のコンクリートで舗装された歩道を歩く。
あれから一週間、どれだけ考えても、私には奈津を説得する方法が思い浮かばなかった。結局、奈津にかける言葉も思いつかないまま、今日も拘置所まで来ている。
すると、拘置所の前で、所在無くオロオロとしている一人の幼い少女が目にとまった。
「どうしたの?」
つい、声をかけてみる。少女はふっと私を見上げた。少女は、背丈の割に、大人びた端正な顔立ちをしていた。
「あの、わたし、りなっていいます」
こんなところでいったいどうしたのだろうか、迷子になってしまったのだろうかと私が思っていると、少女が続けて言った。
「しおみちゃんの、妹です」
「しおみ……?もしかして、仲村汐海さんの妹さんかしら」
「はい、どうしたらあの人に会えますか」
「あの人?」
「あの、おねえちゃんの、あの……」
少女はそこまで話すと、涙ぐみ、目をこすりながら何かを訴えかけようとした。
「大丈夫よ、奈津に……会いたいのね」
私は、しゃがみこむと、少女の頭をよしよしと撫でた。少女は大きくコクンとうなずく。きっと一人でここまで来たのはいいものの、どうしたら会えるのかわからなかったのだろう。この子は、運がいい。あと一日遅ければ、奈津は留置場に送られていた。これも巡りあわせか。なぜこの子が奈津に会いたいのか理由は分からないけれど、私は、この子を奈津に会わせてみようと思った。
「奈津……あのね、この子は……」
「仲村梨奈です」
梨奈ちゃんは奈津をまっすぐに見て、私が言い終わる前にはっきりとそう言った。
「おねえちゃんは、どうしていなくなっちゃったの」
「……すまない、ぜんぶ、僕のせいだ」
「ちがうわ、奈津はやってない!」
私は声を張り上げた。
奈津は、何も応えず、ただ目を伏せた。
「おねえちゃんは、いつも、なつくん、なつくんって言ってたんだよ。それなのに、どうしてそんなこというの……」
梨奈ちゃんは、悲しげにそう言った。
「おねえちゃんね、いつも黄色いリボンばかり見てたんだよ。でもね、帰ったらおねえちゃんはもう、黄色いリボンしてなかったの」
梨奈ちゃんが何を言っているのか、私には分からなかった。でも、奈津は、悔しそうに奥歯を噛みしめていた。
「だから、おしえてください。おねえちゃんがどうして死んじゃったのか、ほんとうのことを、おしえてください」
梨奈ちゃんは、必死に涙をこらえながら、それでも奈津をまっすぐ見て、そうお願いをした。
――奈津は、全てを話してくれた。金井を追い詰め、犯人を吐かせたこと。三人の信用を得るため、薬物を摂取し、強姦を誘導したこと。その隙をついて三人を殺害し、その後菊池ワタルを、そして隆二を殺したこと。そして、自らが死刑になることで全てが終わること。
「そう……逃げるのね」
私がそういうと、奈津がピクッと反応を示した。
「あなたは初めから、逃げるつもりだったのね……人を憎みつづけることからも、悲しみを抱えて生きることからも……」
すると、奈津はゆっくりと顔を上げた。その表情は、怒りとも、悲しみとも分からない表情をしていた。




