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違和感の正体

ひと通り公判を傍聴した私と神谷は、デスクでコーヒーを飲みながら、事件のおさらいをしていた。今日、判決が出るのだ。

「やはり、高橋が犯人なのでしょうか」

「少年ら四人、そして齋藤を殺害したのは、まず間違いなく奴だろうな。たしかに、同級生や周囲の人間から聞いた高橋の人格と照らし合わせると、高橋が仲村汐海をストーカーしていたとは考えにくい。だが奴は、そのすべてを認めた」

「高橋が、虚偽の供述をしているということですか?」

「それか、本人もそれを真実だと思い込んでいるのか、な」

「どういうことですか?」

「極度の緊張や恐怖は人の記憶を狂わせる。人は自分自身を守るため無意識に自らを守ろうとその原因となる記憶を消すことがあるんだ。そして中には、自分にとって都合のいい記憶で上書きしていまう奴までいる。本人は真実を話しているつもりなのだから、どんなに問い詰めようと、真実にたどりつくことはできない。俺も今まで二度しかそんな事件をみていないが、半年前に担当した要介護老人殺人事件では、被害者の娘は、自分の母親の首を絞めて殺したことすら忘れていたよ」

「ですがそんなこと、滅多にあることじゃないでしょう?」

「ああ、だが今回が三度目にならないとも限らない。それに、本当は今までもっと起こっていたことを、気づけていないだけかもしれない。いつ、どこで、だれがなにを忘れているのか、わかったもんじゃないからな」

「なら、やはり高橋が……」

「だが、不可解だとは思わないか。齋藤の病室には、金属バットがあった。部屋のガラスもそれで割られたと見られる」

「齋藤は根っからの野球好きでしたから、恋しくなってバットを持ってきてくれるよう望んだと、母親は言っていましたが……」

「もし……齋藤が、高橋が自分を殺しに来ると知っていたとしたら?」

「ですが、罪を犯して逃亡中の自分を警察に売ろうとしただけで、普通、自分を殺しにくることまで予想できるのでしょうか」

「もっと、なにか、別の理由かもしれない」

「どういうことですか?」

「齋藤が高橋を警察に売った理由の他に、なにか、高橋には齋藤を殺さなければいけない理由があったんだ」

もう、私にできることはない。今日の判決を見て、全てが終わる。そうわかっているのに、私は、この事件に対する妙な違和感をいまだに拭えずにいた。

 すると、一人の少女が駆けこんできた。

「奈津じゃないんです。犯人は……奈津じゃないんです!」

少女は、泣きながら力いっぱいに叫んだ。神谷が困ったように対応する。

「そうはいってもね……丸山さん、彼がこの連続殺人事件の犯人であるという証拠は、十分過ぎるほど揃っているんですよ」

 神谷がそう言った瞬間、私はハッとした。

「……それだ」

「え……?どうしたんですか長谷部さん」

「ずっと感じていた違和感の正体が分かった。十分過ぎるんだよ、この事件には高橋が犯人であるという証拠が!」

 神谷はキョトンとして、私が何を言いたいのか、まだ理解できていないようだった。

「高橋は、はじめから捕まるつもりだったんだ。だから、証拠品を隠す必要がなかった」

「じゃ、じゃあ……」

「高橋は、仲村汐海を殺してなんかいなかった!仲村汐海を殺した犯人が、殺された四人の少年と齋藤だとすれば、全ての辻褄が合う。事件の二日前、少年らとたむろっていたのは高橋じゃない、齋藤だったんだ」

「それなら……高橋はどうして裁判でなにもいわなかったのでしょう」

 神谷が不思議そうに言うと、少女が口を開いた。

「奈津は……彼は、はじめから自分の名誉なんてどうでもよかったんです。復讐を達成した今、彼が望むのは…………」

「自らへの断罪……か」

 私は、悔しさをこらえきれず、下唇を噛んだ。

「くそ、だとすればまずいぞ」

「なにがですか」

「高橋が、法廷で最後に言った言葉を覚えているか」

「もう一度同じことを繰り返す、ですよね」

「裁判、特に実刑が下りる場合、本人の反省により刑罰が軽くなることがある、大概の奴らは嘘でも反省の意を表すってえのに、あのばかやろう!」

「長谷部さん、たとえそうだとしても、私たちにそれを証明することは……」

「ああ、高橋との繋がりを調べようにも、殺された五人の携帯は見つからないままだ。高橋も、そればかりは一向に口を割ろうとしなかった」

「これだけ証拠が揃っていて、いまさら携帯なんて役に立つのでしょうか」

「ああ、そうだな。だが、全員の携帯を盗むということは、高橋にはまだ何か隠したいことがあるってことだ。たとえ自分が死んでも隠したい、大事な秘密がな」

 私が考え込むと、こちらを不安そうに見ている少女がいた。

「丸山さん、何か心当たりはありますか」

 少女は、フルフルと首を横に振った。

「神谷、丸山さんを下まで送り届けてくれ、俺は、手掛かりがないかもう一度聞き込みに当たる」

「わかりました。さ、丸山さん、こちらへ……」

 神谷がそういって彼女を連れていき、私は荷物を取りにデスクにもどった。すると、去年から配属された若手の刑事がブツブツと呟きながら目の前を横切った。

「あーもう、どうしようかなあ」

「どうした、小川」

「長谷部さん!実は、僕が今担当している案件の実態が、どうもつかめなくて」

「話してみろ」

「数か月前、男子高校生の住むアパートで、火災があったじゃないですか。火元が爆発物ということは分かっているのですが、亡くなった少年の交友関係を調べても、入手経路がさっぱりわからないんですよ。事件なのか事故なのかも、まだ何とも言えない状況です」

 小川は、少しすすけた携帯電話を取り出した。

「焼け残った物で、唯一手がかりになりそうなものがこの携帯なんですが、データの復元に時間がかかってしまいまして。まあ、期待できそうもないですがね……」

「爆発物……小川、ちょっとそのデータを見せてくれ」

「いいですよ、僕もこれから見るところでしたから、一緒に見ましょう」

「被害者は、金井秀人……北洋中。高橋と、同じ中学だ。着信履歴……最後に通話したのは……ワタル……菊池ワタル!」

 その時、ちょうど神谷が本部にもどってきた。

「た、ただいまもどりました」

「神谷!ちょっとこい」

「は、はい!」

「メールは、チェックしたか」

「いえ、ちょうど今から復元されたデータを分析するところです」

 小川はUSBメモリをパソコンに挿し込むと、データを読み込んだ。すると、一通のメールに目がとまる。

「送信者、菊池ワタル、これだ、小川これを見せてくれ!」

メールに本文は無かった。その代わりに、一つの動画ファイルが添付されていた。小川が、マウスを動かし、そのファイルをクリックする。

「これは……」

 動画が開始されると、私たちは息をのんだ。

薄暗い車の中、走行音と共に、荒い息遣いの男たちが、一人の少女を取り囲んでいた。一人の男が、少女に覆いかぶさりながら、何か話しかけていた。髪が乱れた少女は、男たちに服を引き裂かれ手足を抑えられながら、ただ、泣いていた。

私たちはこの少年たちに見覚えがあった。そして、この少女にも。

神谷は目を見開き、涙ぐみながら言った。

「そうか……だから……高橋は頑なに携帯を隠したんだ。これを、誰にも見られたくなくて……」

「この声、聞き覚えないか」

私がたずねると、神谷はすぐにハッとしたように表情を変えた。

「さいとう……りゅうじ」

「小川、このデータ借りるぞ!」

「え、ちょっと、なくさないでくださいよー」

「神谷、今すぐ法廷に向かうぞ!急げ!」

 私はUSBを抜き取ると、そのまま駐車場に向けて駆け出した。

「判決まであと何分だ」

「二〇分です!」

神谷が助手席に乗り込むと、私は車を急発進させた。

「クソッ……間に合えよ……」

「でも、証拠は手に入りました。たとえ第一審でどんな判決が下されても、控訴すればいいじゃないですか」

「あいつは……高橋は、そんなことしねえさ。それに、これだけじゃあ、判決を覆すような証拠品にはならない。高橋の証言も、必要だ。裁判員制度が導入されてから、性犯罪に対する判決が厳しくなっている。おまえも、あの空気を感じ取ったろう。高橋には、おそらく死刑判決が下る。もし第一審で死刑判決が出たのなら、高橋は再審請求はしない」

「そんな、どうして……」

「それが、復讐を終えたあいつの望みなんだ。だからもし、これが判決までに間に合わなければ……もう、俺たちにはどうしようもない」

 神谷はうなるように考え込んで、不思議そうに一言漏らした。

「そういえば、長谷部さん、僕、何やら不可解なことを耳にしまして」

「なんだ?」

「高橋は、仲村汐海の命を奪った少年四人、そして齋藤隆二を殺し、復讐を終えたはずですよね。それなのに…………いえ、僕の聞き間違いかもしれませんが、彼を取り押さえたとき、僕、聞こえたんです……」

 神谷はいったん唾をのんで、言いづらそうに続けた。

「あと、ひとりと――――」

私は無言のまま、下唇を噛み、一度目をつぶった。

「神谷、もしお前の恋人が、暴漢に襲われて命を落としたら、おまえは誰を憎む」

「もちろん、犯人を憎みますよ」

「犯人だけか?」

「他に誰を憎むっていうんです?」

「ああ……そうだな。じゃあ、もしお前に子供がいたとして、その子供が事故で亡くなったら?」

「そりゃあ何より自分を……そうか……」

神谷はポンと閃いたように叫んだ。

「最後の一人は、高橋自身だ」

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