公判
被告人席に奈津がたたずむ。最後に会ってから、まだ数ヶ月も経っていないというのに、何年振りかと思うほど、奈津の姿は変貌していた。どんなときも目をキラキラと輝かせて笑うあの頃の奈津は、もうどこにもおらず、その顔は、頬骨が浮き出るほどやつれ、眼下にはあさ黒い隈が焼きついている。なにより、その視線は力なく、ただぼうっと魂が抜けたように立ち尽くしているばかりで、求められたとき以外、ほとんど意思を示さなかった。
裁判官が、奈津に氏名や年齢たずねると、奈津はつぶやくように自分の名前を口にした。すると次に、精悍な顔つきをした長身の検事が立ち上がった。
「起訴内容を述べる。被告人、高橋奈津は、十月一八日、安部サトシ、瀬川ヒロユキ、但馬テツロウ、菊池ワタルら少年四人と共謀し、仲村汐海を強姦の上、死に至らしめた。遺体の首に圧迫痕があったことから、明確な殺意があったと考えられる。また、翌日の一九日には、共に犯行を企てた少年らのうち三人を殺害。遺体の状態から、激しい拷問が行われたことがすでに調査の上でわかっている。その四日後の二三日、被告人は菊池ワタルを殺害。遺体は、計三百以上もの刺し傷があり、被害者の遺体は原形をとどめておらず、被告人の残虐性を示している。さらに三日後の二六日、被告人は自身の暴挙を食い止めようと警察に情報を提供したことを恨み、親友である齋藤隆二を、入院している病室まで押しかけ殺害した。これは、刑法一八一条、強姦致死傷罪および…………」
検事が長々と罪状を述べると、その後、裁判官が、奈津に対し黙秘権の告知をしたが、奈津はうつむいたまま反応を示さなかった。
「それでは、被告人および被告代理人の陳述へと移ります」
裁判官にそう言われると、奈津の隣に座っていた、背の小さい贅肉を蓄えた男がよっこらせと立ち上がり、自信満々に異議を唱えた。
「検察側の主張には明らかな誤りがある。被告人である高橋と殺害された仲村汐海および少年ら四人との事件当日以前の面識はない。一九日深夜、少年ら三人に一方的に絡まれた高橋は、彼ら一人の持つナイフで殺されそうになり、その結果相手の命を奪う結果となってしまった。よって、これは正当防衛である。たしかに、遺体の状態は凄惨であったかもしれない。しかし、どこにでもいる普通の少年が、いざ、自分が殺されそうになったとき、我を忘れてしまうことは有り得ない話ではない」
弁護士があご髭を撫でながらそういうと、検事はより一層厳しい表情になり、勢いよく反論をはじめた。
「現場には高橋の着ていたと思われるシャツや、高橋の毛髪が見つかっている。それに、齋藤隆二の件はどう説明する。彼は、被告人の親友であったと聞いているが」
「現場に残されていた証拠は、検察側の捏造だ。そして、あれは全くの事故である。高橋が殺人鬼と報道されることにより、齋藤少年は高橋が本当に犯人だと誤解し、高橋を呼び出し、殺そうとした。その証拠に現場には齋藤の物とみられる金属バットがあり、高橋自身も、額に傷を受けている。齋藤隆二の背中の刺し傷は、もつれ合いになった時、被害者が高橋の上に倒れ込んできた際についてしまったものだ」
「高橋が被害者である仲村汐海をストーカーしていたとの情報も入っているが、これはどのように説明する。被告人と殺された少女との繋がりは、すでに同じ高校に通う生徒数人によって目撃され、いくつもの証言がある」
「それは検察側の誤認である。被害者である少女は当初からほとんど学校へ登校しておらず、高橋との接点もなければ、高橋は仲村に対し、ストーカーの動機になり得る感情の類は一切抱いてはいない。よって、そもそも高橋には少女を殺す動機がない」
「動機ならばある。被告人は、十年前、交通事故で両親を亡くしている。その両親を殺めてしまった男こそ、殺害された少女、仲村汐海の父親だ」
法廷内が、一瞬、ざわめきたった。
そして、検事はつづけて証拠品の開示をはじめた。
「こちらをご覧いただこう。高橋が所持していたと思われる物です。そして、こちらは殺害された少年らの写真です」
裁判員が目を背けるほど、その写真は痛ましいものだった。傍聴席では、悲鳴を上げ、倒れる人までいる。
「また、被告人の毛髪からは薬物が検出されています。これは、殺害された少年らの毛髪から検出されたものと同じものであり、被告人と少年らの繋がりがあったという証拠に他なりません」
「い、異議あり!薬物の摂取と言っても、常用的なものではないはずだ。それでは、高橋と少年らが以前から仲間であったと言える根拠にはならない。高橋は、少年らに無理やり飲まされたと証言している。その結果、話がもつれ、盛られた薬物の影響で精神が錯乱し、あのような結果に至ったのだ!」
「しかし、すでに逮捕時の取り調べによって、被告人は自分で呑んだと自白していますが?」
「た、高橋に行われた取り調べは、適切なものではなかったと主張する!取り調べを担当した警官によって自白を強要されたものであり、その自白に証拠としての効力はない!」
弁護士はにじみである脂汗をせっせと拭き取りながらつづけた。
「だ、第一、高橋の両親が死んだのは、もう十年も前のことだ。高橋自身、殺害された少女に聞くまではこのことを知らなかったと言っている」
「おや、被告と少女は見知らぬ他人なのでは?」
「そ、それは…………」
その後も、奈津の弁護士の発言はことごとく裏目に出て、より一層、奈津の立場を悪くしていくばかりだった。弁護士の提示したアリバイは、長身の検事によって一つ一つ突き崩され、逆に、多くの証拠が提示されたことで、傍聴席では誰一人として、奈津が殺したことを疑う者はいなくなった。証人喚問では、少年ら四人と一緒にいるところを目撃したという主婦や、奈津が仲村さんに付きまとっているところを見たという青南高校の生徒からの証言がでた。そして、ついに、奈津本人が尋問されることとなった。
「被告人あなたは、自らの両親を事故で殺めてしまった男の娘である仲村汐海を憎み、そして、少年らと共謀し殺害を企てましたね。また、被害者の首に圧迫痕があったことから、明確な殺意があったと考えられます。遺体の胃には多量の水が混入しており、死因は溺死であるが、これは首を絞めて気絶させたのち、被告人が川に投げ捨てた。そうでしょう」
仲村さんの死因を聞くと、奈津は一瞬涙ぐみ、そして、首を振った。
「……ちがう。あの子の父親は、とても良い人だった。あの子を見ればわかる。事故は、運が悪かっただけだ。僕はもう、あの子の父親も、あの子も恨んでなんかいない」
「それでは、なぜあなたは仲村汐海に暴行を加え、その後、殺害したのですか」
そう検察に言われると、奈津は、うつむき、何も言わなくなってしまった。
「……あなたは仲村汐海に恋をしていた。そうでしょう?」
「……はい」
暗く、低い声で奈津が応える。それに対し、弁護士が舌打ちをする。
「おや、おかしいですね。はじめにされたそちらの主張では、あなたは仲村汐海との関わりはほとんどなく、恋愛感情も抱いていなかったと、お聞きしたのですが……」
奈津は何も応えない。弁護士が何か言い返そうとしたが、検事に制された。
「質問をつづけます。あなたは自らの想いを受け止めてくれない彼女に対し、一方的に憎しみを抱き、日頃から関係のあった少年四人と共謀して彼女に対し暴行したあげく、死に至らしめた。間違いありませんか」
「…………」
奈津は無表情に、重く、小さくうなずいた。
「さらに自らの犯行が明るみなることを恐れたあなたは、共犯者であった少年四人を殺害し、自分を食い止めようと警察に情報を提供した親友である齋藤隆二までも、病室まで押しかけ殺害した。それに、間違いはありませんか」
「……ああ。僕が殺した」
弁護士がギリッと歯ぎしりをし、奈津を睨みつけた。
「また、これは、少年らが殺害されたとみられる車内で見つかったTシャツですが、このシャツに付着していた毛髪から、被告人である高橋のDNAが検出されました。被告人、これはあなたのもので間違いありませんね?」
「……はい」
「あなたが今回の事件で使用した所持品や、凶器はすべて確認させていただきました。しかし、ひとつ、あるはずのものがどうしても見つからないのです。殺害された少年ら四人と齋藤隆二の携帯電話です。彼らの遺体が発見されたとき、所持品の中から携帯電話がいずれも無くなっていました。あなたは、少年ら五人の携帯をどこに隠したのですか、なにか、自分が不利になるようなことでも、あったんですかねえ……」
検事がわざとらしく考え込むようにして聞いた。これまでは素直に応えてきた奈津も、これだけは頑なに応えようとはしなかった。
こうして、第一回公判は幕を閉じた。第二回公判では、奈津の弁護士はどのような反論をするのかと、日本中が注目していた。しかし、そこである変化が起こった。弁護士の態度が一転し、奈津が殺害したことを、全て認め始めたのだ。
「改めて確認したところ、被告人は、被害者少女に対し、多少の恋愛感情はあったと……」
「前回とは意見が変わっておりますが、どういうことですか」
「私も、被告に騙されていたのです。前回の公判の後、被告人は自分がやったと、話してくれました。彼は、早くに両親を亡くし、心に深い傷を負いました。その心の傷はやがて彼を歪ませ、義伯母である夫妻の慈愛にあふれた庇護も虚しく、次第に非行に走るようになり、日頃から家の中で暴れまわっていました。
バラバラになった電灯や、壁に開いた穴、割れた皿の写真などが公開される。
「彼には本来備わっているべき理性が培われず、仲村汐海さんを憎み、欲望のままに、罪悪感も憐れみも何も感じずに、死に追いやったのです」
もうだめだといったように小さくため息をすると、弁護士の男は話をつづけた。
「仲間であった少年も、自分を止めようとした親友すらも、彼はその手にかけました。ですが、彼の歪んだ心はどんな思いやりも通じず、もう変われなくなってしまっていて……仕方なかったのです」
弁護士は、目を背けるとわざとらしく悲しげに小さく首を振ってそう述べた。
「それでは、高橋に更生の余地はないことを認めるのですね」
「残念ですが、その通りです……」
「被告人、なにか主張することがありますか」
裁判長が、奈津にたずねる。奈津は床に向けていた顔をゆっくりと上げ、凛々しい瞳で、しっかりと自分にたずねた男性を見た。
「僕は、人を殺した。考えられる限り、最も無残で、残酷な方法で、友人すらこの手にかけた。それはきっと、どんなに償っても、ゆるされることではないだろう」
奈津は一瞬目をそらすと、もう一度まっすぐに裁判長を見て言った。
「けれど、彼らを殺したことに後悔はない。もし、もう一度同じ状況に陥ったのなら、僕はまた、同じことをするだろう」
裁判所の一室がどよめきたった。傍聴席は奈津への罵詈雑言であふれかえる。裁判員の中にも明らかに奈津に対する怒りや嫌悪感を露わにする人がいた。
「死刑だ!死刑にしろ!そんなクズ野郎、生きる価値もねぇ!」
「そうよ!殺してちょうだい!」
誰の父親だろう、もしくは親戚か、ただの傍聴者か……。
「たとえ私たちの子が女の子を襲っていたとしても!殺されるほど悪いことしたわけじゃあないでしょう!」
奈津はなにを言われても無表情に話を聞いていた。時々考え事をするように視線をそらすのみで、ほとんど動じた様子もみせなかった。
そんな中、誰かがボソッと放った言葉が、ついに、奈津の逆鱗に触れた。
「レイプされた子にも、原因があったのよ……」
瞬間、奈津が、鬼の形相で傍聴席を睨みつける。
「ふざけるな!」
奈津の怒号が部屋中に鳴り響いた。重々しく、怒りにあふれた声だった。奈津が傍聴席にズカズカと歩み寄ろうとすると、すかさず警備員が奈津を取り押さえた。警備員に組み伏せられそうになりながらも、その眼はまるで相手を睨み殺すかのように傍聴席を射抜いていた。
「彼女が貴様等に何をした!どんなにつらくても、彼女はただ毎日を一生懸命生きていただけなのに!なんで、どうして!だれよりも心やさしいあの子があんな目に合わなきゃいけないんだ!おまえらさえいなければ!おまえらさえいなければ……!」
奈津の瞳から、涙がハラリと流れ落ちる。
一瞬、場の空気が奈津の威圧に呑まれた。しかし傍聴席からはすぐさま奈津への罵声が湧きあがりはじめる。
「だ、だまれ犯罪者!殺したのはお前だろうが!」
その言葉を聞くと奈津の顔からは生気が消え失せ、奈津は崩れ落ちるように膝をついた。
「そうだ……、僕のせいだ。僕の身勝手な行動が……彼女を傷つけた。僕が好きにならなければ……彼女は傷つかずにすんだんだ」
奈津は、力なく頽れると、警備員に取り押さえられながら、席にもどっていった。
それからも、幾度となく検事と弁護士のやり取りが繰り返されたが、奈津の状況は悪くなる一方だった。最後に、検事が求刑を述べた。
「現場に残された証拠には、被告人のものとみられる証拠が数多く発見されている。そして、被告人はその内容をすべて認めた。殺害された遺体の状態は凄惨であり、およそまともな人間のできることではない。またその動機は利己心に満ちており、更生の余地はないと考えられる。よって……」
検事は一息おいて、はっきりと言った。
「死刑を求刑する」
こうして、第二回公判は幕を閉じ、残るは判決のみとなった。
私は法廷を出ると、森野という弁護士への怒りが我慢できなくなり、圭介に言った。
「それにしてもなによあの弁護士、タジタジにされて……」
「いや……さすがだよ」
「なんでよ、奈津を守る気なんてないんじゃないの」
「おまえの言う通りだよ。奈津の罪ができるだけ重くなるように、うまく、演出してる」
「なにそれ、それじゃあ……」
「ああ、なにもかもばかげているよ。奈津が彼女を憎んでいただって!?ふざけるな!奈津がそんなことすると思うか?たとえ彼女が奈津を憎み、逆に彼女が奈津を殺したとしても、それでもアイツは彼女の幸せを祈り続ける……そんな奴なんだよ……」
圭介は悔しそうに歯を食いしばっていた。固めた拳は、かすかに震えているようだった。
「圭介……」
「へっ、笑っちゃうだろ。僕はまだ、奈津がそんなことするはずないと思ってるんだ」
「……そんなことない」
「それに、このままだと……奈津が無期懲役になる可能性がある」
そういう圭介の表情は、どこか闇があり、怖く感じた。
「だから、僕たちで証拠を見つけるんだ。そうすれば、きっと奈津を救い出せるさ」
「うん!」




