お弁当
夢に見た、アクリル板で仕切られた狭い部屋。刑務官に連れられてきたそこで、僕は、ある人物を待っていた。僕が椅子に座ってから、少し間をおいて、ガチャリという音とともに、腹に贅肉を蓄えた男が入ってきた。その男は、僕を見ていやらしい笑みを浮かべると、自らを弁護士だと名乗った。
「君が高橋奈津くんだね。私が君の弁護人を担当する森野だ。よろしく頼む」
森野はそう言うと、おっほんと喉を鳴らし、ドシンと丸椅子に腰を下ろした。九〇キロはゆうに超えるであろう森野の体重に耐えられず軋む椅子の音が響く。
「そうそう、拘置所での生活はつらくないかい?今日は、君の義伯母さんたちから差し入れを預かってきたんだ。君の好物だと言っていたよ。従兄弟の天馬くんも、また君と昔のように遊びたいと、残念そうにつぶやいていた」
僕の好物をあの人たちが知っていると思うと、僕はなんだか少しおかしくなってしまった。
「いいかい、よく聞いてくれ。私は君の義伯母さんから、君を守るために呼ばれたんだ。だから、君は私の言うとおりにしていればいいんだよ。守ってあげるからさ」
嘘だろう。おそらく義伯母は僕のことも、殺された人たちのことも、これっぽっちも考えてはいない。
「いいかい?まず、一つ確認させてくれ。君は、殺された少女、つまり仲村汐海とは恋愛関係にあったのかい?君は彼女に対し、恋愛感情はあったのかい?」
森野は、小汚い無精髭を撫でながらたずねた。
「……僕は、彼女のことが好きだった。愛なんてわからないけど、ただあの笑顔を見ていると、胸が温かくなった」
「……単刀直入に聞こう。君が仲村汐海と四人の少年、そして友人である齋藤隆二をその手で殺したのか?」
僕が、小さくうなずくと、チッと森野が舌打ちをした。さぞ、都合の悪い事実であったのだろう。
「君はもう十八だ。正直、未成年という理由だけで守るのは非常に難しい。それだけ、あの事件はあまりに凄惨すぎた」
森野は考えこむように両手を組むと、ボリボリと顎をさすりながら僕を見た。
「いいね?君は仲村汐海への恋愛感情はなく、ほとんど接触したこともない。君は心神喪失で疲労困憊、何も話す必要はないんだ」
そういうと、森野は前のめりになり、先ほどより少し小声で言った。
「もし応えを求められたならその時は、憶えていませんと、そういうんだ。統合失調症の症例の一つにもなるし、もし精神鑑定で問題ありと認められればその分、刑が軽くなる」
僕は、なにも応えなかった。森野はその後、いくつかの注意事項を僕に言いつけると、最後に人差し指ピンと立てて言った。
「実は、君を弁護するにあたって、君の義伯母さんと一つ約束を交わしてほしいんだ」
森野は、わざとらしくやさしい声でそう言った。
「被害者遺族から慰謝料を求められたときのために、君に遺された財産を、義伯母さんの家庭に全面的に譲渡してほしい。この齢まで生きてこられたのは、義伯母さんたちのおかげなのだろう?君にとって、そのくらいなんでもないことのはずだ」
「……好きにすればいい」
僕が返事をした途端、森野はニタァと唾を引いた笑みを浮かべ、もう話すことはないというように上機嫌に部屋を出ていった。
独房にもどると、弁護士からの差し入れが届いた。
それは、スーパーで売られている、四九〇円の出来合いの幕の内弁当だった。
「はは……義伯母さんたち、わかってないや。僕が好きなのはから揚げ弁当だよ」
心の中でそうつぶやくと、お弁当に貼られたシールを見て、僕はあることに気がついた。
それは、汐海のアルバイト先でつくられているお弁当だった。皮肉にも、僕にとってこれほど嬉しい差し入れはなかった。僕は、震える手でお弁当を持ち上げると、そのまま、きゅっとお弁当箱を抱えこんだ。目をつぶると、無邪気に笑う汐海の横顔がよみがえってくる。
僕は何もいらなかった。彼女がそばにいてくれれば、それでよかった。でも彼女には、もっと、おいしいものをたべさせてあげたかった。もっときれいな景色を、いっぱい見せてあげたかった。
「……あいたいよ」
暗く狭い独房の中で、僕は独り、彼女のことを想いつづけた。
――そしてついに、第一回公判の日がやってきた。
僕は、刑務官に連れられるまま、独房を出た。薄暗く、静かな法廷への廊下を黙々と歩いていると、少しずつ闇が晴れ、目の前から光が差し込んでくる。
入廷した瞬間、白熱灯のまばゆい光に、僕は目を細めた。少しずつ目が慣れて、だんだんと視界が定まっていく。視界がはっきりして、最初に目に入ったのは、僕を睨む傍聴者たちの姿だった。傍聴席中の人々が、一斉に僕を睨みつける。まるで今すぐにでも絞め殺してしまいたいとでもいうような視線の中、僕は、ゆっくりと歩を進めた。僕に与えられた、唯一の席へ。




