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潜伏と友情と情報と

眼を覚ますと、視界は暗いままであった。僕の身体は頭の先からつま先まで落ち葉に包まれている。

こどもの国園では、今の時期、何百本ものイチョウやモミジの木から大量の落ち葉の山が形成される。そこからずっと山道を登ってほとんど整備されていない森にある木のうろに、人一人が潜り込める大きな穴がある。小学生の頃、僕は隆二たちとかくれんぼをするときに身を隠すのにつかっていた穴で、ちょうど木々の立ち並ぶ奥深く、外界からは死角となる部分に位置している。これが、今もまだ埋められていないことは幸いだった。秋になると赤々とした落ち葉が溜まるその場所に、僕は今身を潜めている。ここなら一般客はまず近づかないし、仮に警官が捜査に来たとしても外観では一切見分けがつかず、万が一にも、無意識に踏み入ることのできる場所ではなかった。もちろん、園に侵入するときは監視カメラに映らない道を選んだので、僕がここに潜んでいる間は、警察も容易に見つけることはできないだろう。問題は、ここでどれだけの間ジッとしていられるかということだ。しかし今の僕は、何時間だろうと、何日だろうと、ここに潜むことが何の苦にも思わないだろう。目的を遂行するのに必要なエネルギーさえ残っていれば、他には、もう何もいらない。


両親を失ってから数ヶ月は、地獄だった。

毎日、毎日、父さんや母さんの笑顔ばかりを思い浮かべては、悶え苦しんでいた。そして、毎日、頭の中で両親を轢いた男をバラバラに引き裂く夢ばかり見ていた。そんな自分が嫌いだった。けれど汐海と……彼女と出会ってからは、一度もそんな夢をみなくなった。夜中に明かりが差し込んでも、眠れるようになった。ただそばにいてくれた、それだけで、僕は救われたんだ。僕は、次第に男を殺す想像をしなくなった。父さんや母さんが生きていたら、きっとそんなことはしてほしくないと思ったから。そう自分に言い聞かせた。

でも、本当は違った。それは人を殺す勇気もない、自分への言い訳に過ぎなかった。僕が何をしたところで死んだ人は二度と、笑うことはおろか、怒ることも、悲しむこともできはしない。

僕は汐海を守れなかった。その僕が、きれいなままでいていいはずがない。そうだ……僕は、決めたんだ。正当性なんかいらない。たとえ誰に憎まれようと、泣いて命乞いをされようと、後悔し、改心していたとしても……汐海を傷つけた者を僕は決して赦しはしないと。この復讐が果たせるのなら、僕は誰よりも醜くなろうと。


――もう何時間ここにこうしているだろう。木漏れ日が僕の指を照らす。陽が出てきているのだ。遠くから清掃員の声が聞こえる……ということは六時間くらいは経ったのだろうか。僕は膝を抱えて丸まりながらも、ひたすら考えていた。何回も何十回も……これから行うことを頭の中で反芻していた。もうすぐ、すべてが終わる。この恐怖からも、解放される。

少し指を動かしてみると、激痛と共に全身が軋んだ。おそらく何か所かの骨にヒビは入っているだろう。それでも、折れていないことは幸いだった。この体は、まだ動きそうだ。

 その時、草葉を踏みしめる音が近寄ってくるのを感じた。木の反対側を通っているようだ、耳をそば立てていると話し声が聞こえた。

「本当にこんなとこにいるんすかねえ」

「だまってさがせ。捜査本部からの命令なんだから仕方ないだろ」

「ひえ~……この敷地全部っすか。でも、一昨日のうちに人の隠れられる場所や施設は、もうくまなく捜索したじゃないですか。第一、容疑者はもう我々の包囲を抜けていましたよね。僕ならノコノコとこんなところにもどってくるような真似しませんよ。今のうちにできるだけ遠くに逃げます」

「たしかにな……だからなぜ一度調べたここをもう一度捜索するのか、私にもわからん」

「はあ、嫌になっちゃうな」

「そういうな、ちゃちゃっとみて報告行くぞ」

「ん……?今あそこ、動きませんでした?」

「あそこ……?」

「ほら、あの木のうろの部分」

――確実に僕のいるこの場所を指していることがわかった。どうする……今すぐ這い出せば逃げ切れるか……。

「あんなとこになにがいるってんだよ。ネズミだよネズミ」

「たしかに、そうですね。人がいるわけないですもんね」

――足音はそのまま通り過ぎて行き、僕はホッと胸をなでおろした。

ガササササッ

次の瞬間、頭上の木の葉が払われる音がきこえた。一気に、全身の筋肉が硬直したのが自分でもわかった。確実にこの場所をピンポイントで掘り起こしている。やはり気づかれていたのだ。僕は隙を見て躍りかかろうと、頭上を見上げ降りかかる土砂も構わず目を見開いていた。すでに右手にはナイフをかまえている。全身が震える……僕はまた人を殺すのだろう。

「……なつ!」

一瞬逆光でその姿を視認できなかったが、その姿は間違いなく、僕の友人の圭介であった。

「けいすけ……」

「なんとなく……ここにいると思ったよ」

圭介は、ホッとしたように笑みを浮かべて言った。

「警察なら、もう引き上げたよ、ほら」

そういって手を差し伸べられると、僕は目頭が熱くなり、その手を力強く握った。最後に会ってから一週間も経っていないのに……こんなにも……こんなにも懐かしく感じるものなのか。圭介はいつもと変わらない笑顔を、僕に向けている。

 木のうろから出て、体に着いた落ち葉や、泥をはらうと、僕と圭介は、自動販売機の前に備え付けられたベンチに、並んで腰をかけた。開園すらしていないほど早い時間なのに、他の客もいなければ、売店も開いていない。それもそのはずだ。連続殺人犯が徘徊しているかもしれない事態にこんな場所に遊びに出るわけもない。

「ほら、あったまるぞ」

「ありがとう」

僕は圭介から缶コーヒーを受け取った。フタを開けると、甘い良い香りが漂ってきた。その匂いをかぐと反射的に、喉が渇き、腹が鳴った。その甘く、ほんのり苦い液体は、まるで干からびたスポンジが水を吸うように、僕の喉を潤した。

そんな僕の様子を見て、圭介が重々しく口を開いた。

「なあ……奈津。嘘だよな、おまえが……その、人を殺したなんて」

 何か言おうと思ったけれど、僕は、声がうまく出せなかった。

「みんな、心配してるんだぞ……隆二はおまえのニュースを見て、心を病んで県立病院に入院してしまったけど……でも、僕たちが、必ず真犯人を突き止めるから……」

「圭介、殺したのは、僕だ。みんなにもそう伝えてくれ。すべて悪いのは、僕だって」

「奈津、おまえ……」

「コーヒー、おいしかったよ。ごちそうさま」

空き缶をベンチに置くと、そう言い残して、僕はその場を後にした。

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