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逃走

夜明け前、僕はうっすらと街灯に照らされた住宅地を進んでいた。何も食べたくないほど、最悪な気分なのに、あまりに空腹で手足に力が入らず、何でもいいからエネルギーを摂取したい……そんな気分だった。すでに警察にマークされている可能性を考えると、監視カメラのあるコンビニやスーパーにもやすやすと近づくことはできない。僕は民家に生っているまだ少し青い柿や野菜を盗んで袋にまとめると、人気のない通りで、一つずつ口に運んだ。本当なら肉や米のほうがいいのだろうが、そんな贅沢は言えない。僕は腹ごしらえを済ませると、塀に乗り上げ、バランスを取りながら家と家の間を進んだ。よく知っている道、小学生の頃は、秘密基地への隠し通路として、よく通ったものだ。

僕は菊池の言葉を思い出していた。その名を口にした彼の表情は、絶望と恐怖にあふれていて、とても、嘘を言っている様子ではなかった。聴き間違いであってほしかった、でも確かに、彼は言った。


――齋藤隆二と。


隆二が、どうして……。思っても始まらなかった、彼に、会わなければいけない。

僕はすでに隆二の家のそばまで来ていた。隆二の家は高台に位置していて、柵の内側には芝生の庭に囲まれた家がある。まさに豪華絢爛といった様であった。隆二がいるのは家の裏側に面している、一際大きな窓がある部屋だ。そこからは庭の木を伝って、隆二の部屋の窓から屋外にでることができた。小さい頃、出入り口として使用していることが知られて、よく隆二のお母さんに怒鳴られたものだ。僕は今、その窓の目前まで来ている。


僕は、試しに、隆二の部屋の窓をコンコンコン、コンと叩いてみた。……反応はない。

ロックされていたら、叩き割ろうと思っていたが、どうやら鍵はかかっていないようだ。……不在だろうか。けれど、隆二はガサツに見えて、実はかなり神経質な性格をしていた。部屋から出るときは、どんなに短時間であっても戸締りは欠かさない性格だし、そのために部屋の扉には鍵まで取り付けていた。その隆二が部屋の窓の鍵を開けっ放しにして外出をするとは考えにくい。しばらく来ないうちに、気が変わったのだろうか。

……そっと、窓を横にスライドさせていった。直接見ても何の変哲もない、いつもと同じ、閑散とした部屋だった。壁にはプロ野球選手のポスターや、カレンダーが掛かっている。しかし、どこか、なにか尋常でない空気が立ち込めていた。

 おそるおそる腕を室内に差し入れていく。……やはり、いつもと何かが違う。見回そうと視線をずらすと、次の瞬間、見知らぬ男と目が合った。


 警官だ


同時に壁の死角から白い手袋が伸び、僕の右手首を力強く掴む。抗う術もなく僕は部屋の中へ無理やり引きいれられた。僕は組み伏せられたまま唸り声をあげ、暴れまわった。しかし二人の警官に抑えられては、為す術がない。ドタドタと部屋に向かって駆けてくる足音が、静かな家に響く。僕は諦めたように一度全身の力を抜いてから、次の瞬間、狂った犬ように叫び声をあげ、目の前にいる警官の頬に喰らいつき、一切の逡巡なく、その肉を噛み千切った。警官の大きな叫び声にもう一人の警官が動揺している一瞬の隙に、僕は身をよじって下半身の自由を取り戻し、警官を引き摺ったまま、全身で格子ごと窓ガラスを突き破った。落下する直前、警官は組みついた手を離し、僕はほぼ無防備の状態で、地面に打ちつけられた。地面に散らばったガラスには真っ赤な血が流れ、それが自分のものだとわかっても、捕まる恐怖で痛みなど感じなかった。僕は悶絶する間もなく立ち上がり、よろめきながらも全力で薄暗い道を走っていった。袖の隙間や、頬に刺さった無数のガラスの破片を、手探りで引き抜きながら考える。

なぜ、どうして、隆二の部屋に警官が……


僕の胸に渦巻く疑念が、確信に変わった。

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