捜索3
「長谷部さん、こんな遅い時間にどうしたんですか、もう、夜中の十一時ですよ」
神谷は大きくあくびをし、そうたずねた。
私と神谷は、閑散とした住宅街の夜道を車で走っている。
「おかしいと思わないか、なぜ、高橋はあのまま大阪まで逃げなかったのか」
「それは我々を攪乱するためじゃ……」
「たとえそうであったとしても、高橋の目的が俺たちから逃げ切ることならば、大阪まで行ってしまった方がはるかに安全だ。それをあいつはしなかった。俺たちが厳戒態勢で捜査しているこの場所にもどってきたんだ」
「それがなにか……」
「あいつには、なにか、他に目的があるってことだ。まだ、こっちでやり残していることがあるんだよ」
「なるほど、では今、私たちが向かっている先にはその目的が関係しているということですか」
「覚えているか、殺害された少年ら三人と、いつもつるんでいた少年がもう一人いたことを」
「ええ、基本的にはいつもその四人組で行動していたらしいですね、たしか名前は……菊池ワタルとか」
「俺たちが向かっているのはの少年の家だ」
神谷はそう聞くと何かに気づいたのか、表情が強張った。
「ということは高橋の目的は、菊池の……」
「まだ可能性の段階ではあるがな」
私がそう話していると、車内に無線が入った。
「こちら村橋、こちら村橋、長谷部、応答しろ」
「こちら長谷部、どうぞ」
「十分前、あかね町三丁目民家より通報が入った。少年が自室で何者かに殺害されたらしい。犯人は依然として逃走中、三丁目六番地周辺だ」
「長谷部さん、それって……」
「ああ、俺たちが向かっている場所だ。こちら長谷部、了解しました。ただちに現場へ向かいます」
時刻はもう11時半をまわっていた。暗闇の中とはいえ、この包囲網から逃げ切るのは難しいだろうと考えていると、続けて無線が入った。
「こちら坂本こちら坂本、四番地区にて、犯人とみられる人物を発見しました。現在、住宅街に入り込み、二番地に向け逃走中。暗いせいで色は分かりませんが、フードのついたスポーツウェアのようなものを身に着けています」
「長谷部さん、どうしますか」
運転している神谷を尻目に、私は地図を開いていた。犯人が高橋奈津だとすると、ここら一帯の住宅街は彼の縄張りである。真っ向に追っても、捲かれる可能性があった。確実に捕まえるには相手の先を読まなくてはならない。
「上青石橋に向かえ」
「はい!」
青石川の上流は茂みがかなり多く、また堤防が高いため視界が暗いので、人一人が隠れながら進むにはもってこいであった。しかし、それは降水量が極端に少ない時期の場合だ。ここ数日の青石川は、豪雨のせいで、とても泳いで渡れるような状態ではなかった。坂本のいる位置からして、おそらく高橋は包囲網を抜けるために川を渡ろうとするだろう。今、四番地区にいるのなら川まで走ってもあと三分はかかる、そして最短で渡れるとすれば、ここだ。
「いました!」
神谷が叫ぶ。その視線の先には、ちょうど反対側の川べりに降り立った黒いスポーツウェアを纏った少年がいた。
「高橋奈津です。間違いありません!」
神谷が声を発すると同時に、あちらもこちらに気づいた。一瞬、高橋と目があう。高橋はすぐに川辺から上がろうと堤防をよじ登りはじめた。
「追え!」
車で高橋を追う。対岸に位置するため、まず橋を渡らなければならない。その間に高橋は川べりから上がり切り、川沿いの道を駆けだした。もと来た道に他のパトカーがいることは見越しているようだ。捕まることも時間の問題かに思われたが、高橋奈津は工場のわき道を通り、慣れたように迷路のような住宅街へ入っていった。
しかし、私はこの近辺の狭い路地の位置を、あらかじめすべて確認していた。そして、高橋が逃げ込むルートを予測して、その先へ回り込む。相手は徒歩でこちらは車だ、車が入れないほど狭い路地に入りこまない限り撒くことはできない上、この近くにそれがないことも確認済みであった。
「長谷部さん!高橋が路地に入っていきます!」
「そのまま追いかけろ。この先は袋小路になっているはずだ」
右折しようと神谷がハンドルをきる。その瞬間、長谷部たちの乗った車の頭上を黒い影が走り抜けた。
「くそ、やられた……!」
「長谷部さん、このままでは高橋がこの先の鶴見大橋を渡って山道に逃げ込んでしまいます!」
その時、車に無線が入った。
「こちら村橋こちら村橋、現状を報告しろ」
「高橋は鶴見大橋の方角に向かっています。私たちは高橋を逃がさないよう、背後から追い込んでいくつもりです」
「こちら坂本こちら坂本、ただいま鶴見大橋玄海林公園前出口に到着しました」
「了解。こちらは反対側から向かう」
「了解」
「決着ですね」と神谷。
「ああ、もう高橋に逃げ道はない。チェックメイトだ」
橋の両側にはすでに、多数のパトカーが配置していた。それを知ってか知らずか、高橋は橋を渡りはじめ、中腹まで来ると、思い出したようにふと立ち止まった。
「……観念したか」
神谷が車を減速させ停車する直前のことであった。
高橋は助走をつけ一思いに柵を跳び越えた。
「馬鹿な……!」
私は、乱暴にドアをこじあけると、破裂するような落下音と同時に、橋の下を覗き込んだ。
水面には高橋の荷物と見られるものが散乱している。
「早く救護班を呼べ!」
「救護班ですか?その間に泳いで逃げられてしまうかも……」
「ばかやろう!どれだけの高さがあると思っているんだ!飛び込んで無傷で済むならここで自殺しようと思う奴なんかいないんだよ!かなり下流に流されているはずだ、急げ!!」
ここ、鶴見大橋は水面まで五〇メートル以上の高度がある。この橋から落ちた者は、まず助からないと言われていた。水面衝突時に意識を保てたとしても、その衝撃により全身の骨が損傷し、まともに泳ぐことなどできないのだ。橋の下では、激しく荒れ狂う波が地鳴りのように、低い唸り声を上げている。私は、高橋の荷物が波の中に消え入る様子を眺めながら、かろうじて命があったとしても、彼は二度と岸にあがることはできないだろうと思った。




