捜索
高橋奈津を水面下で容疑者として捜査することになり、特別捜査室が設置された。少年犯罪の担当経験の多い私は、その一員として加わることになった。
まず事件当時の状況と手元にある証拠を検証する。十月十八日、仲村汐海の遺体が青石川沿いの河原に打ち捨てられているのを近所の住民が発見した。検死の結果、仲村汐海の肺からは多量の水が検出された。それはつまり、首を絞められた後も、仲村汐海は生きていたということ。そして、何者かによって改めて殺されたということだ。それが、気を失っている間に川に投げ捨てられたか、もしくは、意識のある状態のまま何者かによって殺されたのかは明らかではないが、現場に落ちていた髪の毛のDNAを検出したところ、高橋奈津のものとみて間違いないらしい。このことから、事件当日現場に高橋がいたことは、ほぼ確実となった。県警は高橋奈津が仲村汐海の死に関与している可能性があるとして、これを決め手に事件当日から行方不明の高橋奈津を実質的に容疑者として捜査することにした。
そして昨日の夕方、国道246を跨ぐ幹線道路下に駐車されていた黒のバンから男三人の死体が発見された。車内は大量の血にまみれ、一人は首を、もう一人は腹から胸を刺され死亡していた。残る一人は、みるからにおぞましいほどの拷問を受けたであろうことが判別でき、指はなく、鼻も、耳も、車内に散らばっていた。
この車は近くの団地に住む女子高生の母親が娘の制服に着いた血痕を見て警察に通報したことから、発見されるにいたった。当の少女はまだ口もきけないほど衰弱しており、いまだにほとんど情報を聞き出せてはいない。発見されたときには、血はすでに固まりかけており、犯行は一昨日の深夜に行われたことが推測される。殺害された少年らの財布から現金が抜き取られた様子はなく、犯人が、金銭的な目的で少年らを殺害した可能性は低い。しかしながら、少年らの殺害される直前の行動を調べようにも、三人の携帯は、車内のどこを探しても見つからなかった。
現場には三人の遺体の他に血のこびりついたシャツが脱ぎ捨てられていた。その血液は間違いなく被害にあった少年らのものであったが、そのシャツに付着していた毛髪から、高橋奈津のDNAが検出された。県警は高橋が口封じ、もしくはなんらかの事情で仲間割れを起こし少年三人を殺害、返り血で着ていられなくなったシャツを脱ぎ捨てたとみている。しかし、私はこの証拠に妙な違和感をもっていた。
「本当にあの子は昔っからどうしようもない子で、つい先日もうちの天馬ちゃんを急に殴りつけてきたんです!育ててもらった恩も忘れてからに!」
高橋の義伯母は延々と高橋の愚痴や日頃の恨み辛みを語りつづけた。中には高橋のこととは全く関係のない内容のものまで含まれており、私は数十分話を聞いたところで、もううんざりしていた。
「して、奥さん。あなたたちは高橋を引き取る際、高橋のご両親の残した多額の遺産を預かったようですが、それは今どちらへ?」
「そ、そんなのもう全部使うてもうたわ!初めから大した額やなかったもの!」
「五億円もの遺産が、大したことはないと?」
「あ、あの子にはやたらとお金がかかるんです!あの子の部屋にテレビをつけたり、色々してあげとんねん!だからもう、ほとんど残ってやしまへんわ!」
嘘であろうことはすぐに分かった。少なくとも、そんなことであんな大金を使いきれるはずがない。この家族はしばしば贅を尽くしていることは地域住民への聞き込みからわかっていた。毎月のように海外旅行にも行っていたらしい。その旅行へ高橋は同行していないことも、隣人の証言からわかっていた。
私は会議室にもどり、再度聞き込み調査で得た情報に目を通していると、若い刑事が意気揚々と駆け込んできた。
「長谷部さん!」
「神谷か、どうした」
「川崎区に住む主婦から、少年三人に関する目撃証言が取れました」
「内容は?」
「仲村汐海殺害事件発生の三日前、殺害された少年らを含む四人と青南高校の制服を着た少年一人が現場近くの路地でたむろっているところを、ゴミ捨てに立ち寄った際見かけたと」
「その制服を着た男が高橋奈津だと?」
「いえ、確証はありませんが目撃者によると背格好はよく似ており、おおまかな髪の長さ、色も一致します」
私がうむと手をあごに添え考えていると神谷が言った。
「それにしても変ですね」
どういうことだと、神谷を見た。
「高橋の義伯母夫婦ですよ。まるで高橋のことを知らない様子でした。普段の食事も別々だし、シャツを確認してもらったときだって高橋の所持品はもともと確認していないからわからないって、一緒に暮らしていたのに着ているところも見たことないなんておかしいですよ」
神谷は高橋の写真を見ながらため息交じりに言った。
「奴の部屋をみたろ、テレビやパソコンだけじゃない、小型の冷蔵庫に簡易洗面所まであった。それに、近所のコインランドリーでは、何度も高橋の姿が目撃されている。それに、バス停前のコンビニの店長によると、高橋は小学生の頃から毎日のようにお弁当を買いに来ていたそうだ」
「それって、明らかな養育放棄じゃないですか」
「ああ、それも九年前からずっと」
「九年前って……高橋の両親が亡くなってから、一年しかたっていないじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
神谷は信じられないものでも見るかのように目を丸くし、悲しい顔をして、視線を下した。
「……まるで、他人ですね」
「他人……なんだろ。あの家はもともと高橋の両親のものだ。高橋にとって義伯母一家は家に巣食う寄生虫に過ぎなかったのかもしれない。詭弁を盾に住みつかれて、親の遺した財産を食いつぶされていい気がするはずがないからな」
神谷は、少し高橋を憐れむような表情をして、ふうと息を漏らした。
「……だが、なにかおかしい」
「どうしてですか?」
「仲村汐海が殺害されてからまだ三日だぞ。あまりにも行動が早すぎるんだ」
「それだけ、計画的だということですね」
「それにしては、やり方が稚拙すぎる。証拠品の処理だって間に合ってはいない」
「想像と現実の違いに気が動転して、予定通りにことが進まなかったんでしょう。まだ、高校生ですし」
果たしてそうだろうか……私は、今回の事件における高橋の行動の迷いのなさに、一種の戦慄を覚えていた。




