醜き顔
僕は、肩掛けのバッグに必要最低限の道具と衣類のみを入れていた。今着ているカジュアルな衣服を除くと、父が登山用に使用していたアウトドアナイフ、部活用のウインドブレーカー、そして高校の制服とロープのみである。昼の間は制服姿が最も不審がられることなく自然に行動できるし、三年になって新調したものではなく、入学時に買ったものを持ってきていた。少しサイズが小さいが、これで僕が制服を家から持ち出したと、すぐには気づかれないだろう。
僕は繁華街の裏手の路地ビルの地下へとつづく階段を下りていた。入り口では古ぼけた洋酒メーカーの看板がかかっており、薄明るい電灯がチカチカと点滅していた。昔は、ここにバーでもあったのだろう。金井が言うには、ここに汐海を死に追いやった奴らが入り浸っているらしい。案の定、下まで降りると男三人が屯っていた。
「……誰だ?おまえらの知り合いか?」
大柄な熊のような男が聞くと、他の二人は小さく首を振った。身なりこそ全然違うけれど、おそらく全員僕と同じくらいの年だろう。
「オレも、仲間に入れてくれよ」
「あぁん?なんだてめえ……」
三人の中で一番小柄で、白みがかった金髪の少年が言った。三人は座り込んだまま僕を睨みつけていた。
すると、剃り込みの入った長身の男が立ち上がって僕を見下ろす。
「おめえ、高校生だろ。どこ高だ」
「陣場」
陣場高校とは隣の市で素行の悪いものが集まることで有名な高校だ。僕にも、その程度の知識はあった。
「陣場のもんが俺らに何の用だ」
「オレも仲間に入れてくれつったんすよ、高校、クビになっちまって」
「へ、なにしたんだてめえ」
「レイプ」
そういうと三人の表情が一瞬、強張った。
「……ついてこい」
大男らに連れられて店を出ようとすると、突然、後頭部に鉄球が落ちたような衝撃が走った。
あまりの衝撃に意識が朦朧として地面に突っ伏すと、僕は長身の男に髪をつかまれ、思いきり顔面を蹴りあげられた。
「どこでその話しを聞いたかしらねえが、それを知ってタダで済むと思うなよ」
「だ、だから、言ってんだろ。オレも、仲間に入れてくれよ」
「目的は、本当にそれだけか?」
大男が怪しむような視線で僕を見た。僕は、思わず目をそらす。
「このグループにいれば、女を抱けるんだろ?オレまだ、一度もヤッたことがないんだ。オレも混ぜてくれよ」
僕は卑屈な少年を装って、すがりつくような目で大男を見た。
「あ、あはははっは!たしかにそんな声じゃ、女は寄ってこんわな!いいだろう、コイツ、気に入った!」
僕のしわがれた声を聞いて、大男は笑った。
こういう類の人間は意外と警戒心と仲間意識が強い。何を考えているのか分からないような奴は、すぐに仲間から排除するだろう。逆に、欲望に忠実な弱者を装えば、こういった人間の輪に溶け込むのは容易かった。
「ほらよ。歓迎の印だ」
そう言われて放られた錠剤を、僕は一瞬の躊躇いもなく、うまそうに飲みこんだ。
「くうー!さいっこうすねコレ!!」
噎せ返るような気持ち悪さであったが、僕はさも手馴れているように振る舞った。それを見て、眉毛のない、ニキビだらけの男が話し始めた。
「そういやぁ、昨日の女は最高だったなあ」
――ドクン、と心臓が一回強く打った。
「昨日って、なんすか……?」
「ああ、ワタルの連れてきた女を輪姦したんだよ。ありゃあ、えれーいい女だったぜ」
ドクン、ドクンと鼓動が激しくなっていく。背中からドッと汗が吹き出るのが分かった。全身の血が、沸騰しそうだった。
「しかも、金までもらえるなんてな」
線で描いたような細い目の、でかい鼻の男が言う。
「金……?」
「ああ、昨日は俺らの他にワタルが知り合いを連れてきてよ、そいつが女と金、両方くれたってわけよ!」
そういって金髪のニキビだらけの男は、下卑た高笑いを上げた。
「おいテツ」
坊主頭の大男が言った。
「話しすぎだ。あれは口止め料っつーことでもらったんだぞ」
「いいじゃねえか、コイツはもう俺たちの仲間だ」
「マジすげえっす!」
僕は両手を上げて、わざと大げさに感激して見せた。
「だろ?裏に止めてある車に連れ込んで……」
ニキビだらけの男がそう言いかけると、目の前を女子高生くらいの少女が通った。この時間に通るとはアルバイトの帰りだろうか。三人が座り込んだまま少女を舐めまわすように見ると、それに気づいた少女は足早に去ろうとする。
「……テツ、車」
坊主頭の大男がそういうと、金髪のニキビだらけの男がだらしなく立ち上がった。
「ほれ、おめえが担当だ。お前は脅して大人しくさせる役だ。順番は、今日は最後だからな」
そういって鼻のでかい男が僕にナイフを手渡すと、もう一人と同時に少女に向かって走り出した。彼らの足音に気づいた少女はすぐに駆けだしたが、声を上げる前に坊主の男につかまり、口をふさがれていた。
「いや!はなして!やめてください、やめて!」
少女がもがくうちに黒いバンが、うなりを上げて僕を追い越した。
車が少女を目前に止まると、二人の男がぶっきらぼうに少女を連れ込む。
僕はせせら笑いを浮かべて見せながら一緒に車に乗り込んだ。
「いやああ!ごめんなさい!ごめんなさい!ゆるして!」
少女が金きり声をあげる。車は、すでに走り出していた。
「グヘッ」
でかい鼻の男が下卑た声で笑う。笑うとより一層鼻が大きく見えた。
「おい新入り!早くしろ!」
鼻息を荒くした坊主頭の大男が、僕を睨みつける。
「イヤ!やめて!いやああああ!」
少女の劈くような叫び声が、車内に響いた。
どうしてだろう……どうしようもなく、僕はハイになっていた。
高揚する気持ち、胸を激しく打ちつける鼓動……最高の気分だ。全身に染み渡るむず痒さに、今なら何でもできる気がした。まるで、何かに操られているかのように……。
「おい昨日のまだ洗っていねえぞ!」
「いい!そのままにしとけ!」
坊主頭の大男が怒鳴り散らす。後部座席を寝かせてできた四角いスペースに、薄汚れたクリーム色のシーツが広げてあった。
そこには……赤い、とても赤いシミがついていた。僕がそれをみていると
「ああ、そのシミは気にすんな。昨日ヤッた女の血だ。おめーもすぐに慣れるさ」
その血が、昨日のこの場所の情景を、僕に連想させる。
少女はもがき。叫び声を上げ……涙を流していた。僕の中でだんだんと、目の前の少女が、汐海と重なっていった。
少女の泣き叫ぶ声が車内に響く。精一杯叫んでいるつもりなのだろうが、あまりの恐怖に声がかすんでいた。
ああ……そうか……汐海は死んだ。いや違う、ここでこうしてこいつらに……殺されたんだ。こいつらが人間だって?ふざけるな!こいつらは人間ですらない。獣や家畜にも劣るゴミだ……!
少女は僕の持つナイフを見ると、ヒッと声を漏らし、さらに顔を恐怖に歪ませた。ナイフの切先が震える。その震えはやがて腕に、肩に、そして全身へと広がり、僕の全身を揺り動かしていた。ハアァとかすんだ吐息を漏らす。この震えは、凍てつくような寒さによるものではない。この光景に対する恐怖でもない。少女の悲鳴を耳にするたび、全身の血が熱く、たぎっていく。鼓動が強く僕の体を打つ。瞬きすら忘れるほどに、僕は怒りに打ち震えていた。それはまるで、憤怒そのものが、全身を駆け巡っているかのように感じた。
もう限界かと思われたその時、頭の中で、何かが切れる音がした。
次の瞬間――ピシャッという音と共に僕の頬に生暖かい液体が降りかかった。
目の前には、驚きと恐怖に顔を歪め、こちらをジッと見る男が一人。その首には僕が握っていたナイフが、深々と突き刺さっている。
「ぁ……ア……」男はわずかに声を漏らして、その場に倒れた。
「なにしてんだよ!おめェ、なにしやがったア!」
背後にいる熊のように大柄な男が怒鳴り声を上げ、僕の両手を掴む。自分の二倍はあろうかという太い腕に掴まれれば、僕とて力ではどうすることもできない。僕は、思いきり大男の顎を蹴りあげた。それでも、男は僕の腕をガッシリと掴んで離さない。男が上半身を翻し、跳ね返ってくるその時、僕は男の鼻に喰らいついて、そのまま鼻を噛み千切った。破裂音のような男の悲鳴と共に、僕の両手が自由になる。そしてすかさず、男の首を手に持ったナイフで突き刺そうとした。その時男が身を守ろうと前に突き出した手にナイフが刺さり、男の指が床に落ちる。僕は男に痛がる間も与えず、怒号を上げ、男の胸を何度も、何度も何度も突き刺した。
男が動かなくなると、僕は目を見開いたまま大きく呼吸をする。
そして、運転席のニキビだらけの男を睨みつけた。
「うあ、ああああ!」
異変に気づいた男は急ブレーキをかけた。その時の衝撃に一瞬、態勢が崩れた。その隙を突き、男は車を降り、駆けだした。
「だれかっ!」
男が声を上げる。しかし列車の通る音にかき消され、叫び声は誰にも届かない。僕はすぐに背後から襲いかかり、男の喉元にナイフを突きつけると、車の中まで引き摺って行き、車の座席に縛りつけた。足元には、先ほど噛み千切った鼻先が落ちている。
「なんで、どうしてこんなことをしやがるんだ!」
「昨日、おまえらがしたことと同じだろ」
「お、おまえは関係ないだろ!」
男の腿に、僕は力いっぱいナイフを突き刺した。ナイフは容易く男の肉を引き裂き、血を噴き出しながら深々と突き刺さる。
「アギャァ!!オ、俺たちにこんなことして、ただですむと……イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
僕がナイフをさらに押し込み、腿の肉を抉ると、男は悲鳴を上げた。
「おまえ、おぼえてろよ……ぜったい、ゆるさないからな……」
男は、涙声でそう言い放った。
僕は黙って、ステンレス製のスプーンを拾い上げる。カレーライスを食べるのに、ちょうどいいサイズだ。彼らが、昼食にでも使ったのだろう。
「おい、それでなにをするつもりだ。」
僕は何も答えず、黙ったままそのスプーンを男の右目のまぶたに添える。そしてそのまま静かに、スプーンを押し当てた。
「おい……、うそだろ?ふざけるな!やめろ!おい!」
男が首を振って躱そうとするので、僕は男の頭を押さえつけ、指先を震わせながらも、力いっぱいスプーンをねじ込んでいく。
「やめろやめろやめろやめろ!!ヒギッャアッアアアアア!!」
ブチ、ブチと音を立てながらスプーンを引き抜くと、そこには男の右の眼玉が乗っていた。
「いだいいい……いだいよおおお!」
男の泣き叫ぶ声の中、僕は、男のもう片方の目に目隠しをすると、質問を始めた。
「なぜ、汐海を狙った」
「ま、前から目をつけてたんだ!青南にすっげえ可愛い子がいるってワタルがいってて!そこにワタルの連れてきたヤツが金をやるから一緒にレイプしてくれって……だから……」
「そいつの名前は?」
「知らない!そいつの名前は、ワタルしか知らないんだ!」
僕はペンチで、爪をベリベリと剥がす。
「イギャアッアァアッアアこんな目にあうなんて思わなかったんだよぉ!こ、こ殺されるなんて分かってたら、初めからあんなこと、し、しなかった!ゆるしてくれよお!」
また一枚、爪を剥がした。
爪の下からは、流れでる血と生々しいピンク色の肉が顔を出している。爪を剥がそうとすると、男はそのたびに断末魔のような悲鳴を上げ、ビクッと震えるので、押さえつけながら、一枚一枚、わずかの逡巡もなく剥がしていった。
「いぎゃああああ!痛いよ!いだいよおお!おねがい!ゆるして!」
ニキビだらけの男は、まるで親に叱られた少年のように泣き喚きはじめた。
「知っていることをすべて話せ。ワタルという男についてもな」
「やめて!おねがい!やめて!」
「やめない」
そういって、僕は男の指を並べて手すりに乗せると、思いきりナイフを打ち下ろした。ブチブチと歯切れと悪い音と共に骨が露わになる。
「いやだ!いたい!やめて!いだいよ!」
男はしきりに指を引っこめようと力を入れるが、座席に縛られているため、ただ身を震わせることしかできなかった。
「め、め命令されただけなんだよ!もうしないから!絶対しないからゆるじでください!」
「ゆるさない」
男の腿の刺し傷からは、血がドクドクと溢れ出ている。
男から目隠しを取ってやると、男は自分の指を見て、叫び声を上げた。指はもう、一本も残ってはいなかった。そして、絶望の表情で床を見回す男の瞳がピタッと止まった。
「ね゛ぇ……それ、なに……ぞれなに゛ぃ……」
男は足元に転がっている肉の塊をみて不安そうに尋ねる。
「ああ、こんなになっちゃあみてもわからないか。おまえのアレだよ」
「うあ゛……ア゛ア゛ア゛ブブ…………」
僕はそれからも拷問をつづけた。本当なら、もっと効率のいい拷問方法があるのかもしれない。でも、僕はそんな方法は知らなかった。火の付いた煙草を眼に押し当てたり、引きずり出した内臓を手に取って見せたり、なんどやめてくれと懇願されても、僕は決して腕を止めなかった。
「もう……どうせ助からないんだから諦めろよ」
「いやだあ、ねえおねがい医者を呼んで!そうすればだずがるがも……」
「助からないし、呼ばない」
初めて知ったことがある。こんな状態になっても、人はすぐには絶命しない。はじめに首から出血した男はもう動いてはいないが、胸を刺した男はまだ、わずかに震えていた。痛い、痛いと漏れる涙声が、車内に鳴り響く。目の前にいる少年の全身の傷から血がドロドロと流れ出ていた。臭くて汚いと、ただそう思った。
「あ゛……あ゛あ゛あ……゛あ゛……!もう話じだ!ぜんぶ話じだ!だからやべで!」
「でも、もしかしたら、まだ何か出てくるかもしれないだろ」
「ない!もうないがらあ!イギャアッアア」
抵抗を押さえつけ無理やり鼻を削ぎ落すと、男は痙攣したように目を瞑ったので、そのままナイフの柄で思いきり歯をたたき折る。もう声を上げる体力もないようで、口から泡を吹きながら幼児のようなうめき声を漏らしていた。
「ソ、ソウラ、オモイラヒタ……モウヒロリノナマエ、ワハルガイヒロラケヨンレラ……」
男は指の無い両手で顔を覆い、弱弱しい声でそう言った。
「なんだよ、あるじゃん、それ、教えてよ」
倒れ込んだ男に目をやると、男はもう、息絶えていた。
残酷なことをしていると思った。他にも楽な殺し方があっただろうと、心の中で誰かが言った。けれど、どんなにひどい死に方であっても、彼らの死が、汐海の死より重いものだとはどうしても思えなかった。
僕は一度目を閉じた。一呼吸おいて再び開くと、血まみれの車内に三人の男だった物と、一人の少女が倒れていた。動かないのは、気を失っているからだろう。少女の衣服は男達の血液で赤黒く滲んでいた。
次の瞬間、少女が目を覚まし、僕と目が合った。少女は、肉片が散乱した車内と、頭から血を被った僕を順番に見ると、恐怖に表情を歪ませ、叫ぼうとした。次の瞬間、僕は少女に詰め寄って彼女の口を血まみれの手で押さえた。
“殺そう”と心の中で誰かが言った。
僕に口を押えられた少女は、目を見開いたまま、震えていた。
“はやくナイフを振り降ろせ”と、心の中で誰かがささやいた。
「だめだ」
僕はナイフを投げ捨て、少女の口から手を離し、わざと距離をあけてから、少女に言った。
「僕は決して君を傷つけない。だから、これは単なるお願いだ。ここで見たことを、誰にも言わないでくれ。三日、いや二日でいい」
少女は瞳を揺らして、その場に倒れ込んでしまった。また、気を失ったのだろう。
「すまない」
僕は低くしわがれた声で、そうつぶやいた。
頬を伝う液体が涙ではないことはわかっていた。月明かりに照らし出された血まみれの手は、黒々と鈍い光を反射していた。
車窓に映った自分の顔を見て、僕はひどく醜いと思った。




