表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/65

復讐の決意

記憶が、混濁する。

僕は、ただ黙々と歩いていた。


何度も、何度も頭をよぎる光景……人形のように打ち捨てられた少女の姿。

まるで幻のような、けれど、とても鮮明な記憶―――土砂降りの雨の中、僕は河原で呆然と立ち尽くしていた。

僕の眼の前に、少女が横たわっていた。

その表情はまるで眠っているかのように安らかで、しかしその身なりは、今までどんな目にあっていたかを如実に表していた。衣服は所々が引き裂かれ、顔には殴打の跡がある。

「……しお、み?」

少女は、なにも応えなかった。

僕はもう一度、横たわった少女に声をかけた。

「汐海!」

少女は応えない。抱きかかえたそれは、もう冷たくなっていた。

「汐海、起きな……こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」

声が震えた。汐海は生きていると思った。そう思いたかった。この冷たさは、冷え込んだ空気と冷たい雨のせいだと思いたかった。降りしきる雨が僕と彼女を濡らしていく。

「汐海、起きろ。遊園地いくんだろ、ほら、起きてよ、目を開けろよ」

汐海の左手が、人形のように力なく地に落ちた。その手には、何かが握られていた。それが何か、僕はすぐに分かった。それは、僕があげた、黄色いリボンだった。

「これからだったのに……たくさん傷ついた汐海が幸せになるのは、これからだったのに……汐海は今までずっと、ひとりでじっとたえてきたんだ、それなのに……それなのにどうして汐海ばかり奪われるんだ……」

涙が、目を覆い尽くす。

「返せよ!二度と会えなくてもいい!僕が代わりに死ぬから!だからしおみを……しおみを…………」

叫んだ。もう二度と声がでなくなってもいいからと。神様のところまで声が届くようにと。


――だれも、なにも応えてはくれなかった。


その時、僕は気づいた。もう二度と、汐海は動かないことを。もう二度と、あの可愛らしい笑顔を見せてはくれないことを。


昨日まで当然だった毎日が、途端に終わりを告げた。


冷たくなった汐海を前に、僕は天を仰ぎ、咆哮を上げた。何も考えられなかった。考えたくなかった。ただ吠えた。慟哭が喉を焼き切っても、僕はただ吠えつづけた。

「そんな……うそだ、うぞだ…うあ゛……あ゛…………あ゛ァア゛あ゛ぁ゛ア゛アっア゛アアァア゛―――!!!!」

気が狂ってしまいそうになりながら、両手で顔を覆う。頬に爪が食い込んで、滲み出た血が、頬を流れ落ちた。

いつもなら美しく映る星々も、今の僕には、不気味にせせら笑っているようにみえた。汐海をこんな目に合わせた連中は、今ごろ、高笑いしているのだろう。

「ゆるさない……ろしてやる、ころしてやる殺してやる殺してやる殺してやる!……汐海を死に追いやった奴らを、一人残らず見つけ出して、バラバラに引き裂いてやる……!」


――あの日以来、顔の筋肉がおかしくなってしまったのか、僕の心がそうさせないのか、表情がうまく作れなかった。このしわがれた声も、もう治らないだろう。涙も、枯れてしまった。

目的の場所に着く前に、僕は、考えられる限りの可能性に思考を巡らせた。

あの日、汐海を殺した犯人は、見ず知らずの誰かだったのか、それとも、知っている誰かだったのだろうか。それは突発的なものだったのか、計画的なものだったのか。いや、計画的であったことはほぼ間違いないだろう。ふと、事件前日の金井との通話内容が思い出される。

“うん。ま、一日くらいあっちも許してくれるよ。昔はよく放課後一緒に買い食いしたりゲーセン寄ったりしたじゃない。その時のノリでいこうよ”

“まあ……いいけど“

“うん、じゃあまた放課後ね”

「“あっち“?あっちも許してくれる……って、金井は誰のことを指していたんだ?金井は、僕と汐海が一緒に帰っていることを知っていた?はじめから、犯人は汐海を襲うことが目的で、そのために、金井が僕をおびき寄せた?なら、いったい誰が金井に……?」

小心者の金井が、自発的にそんな行動を起こすとは考えにくい。“誰か”金井にそれを指示した者がいるはずだ。もし僕の知り合いにいるならば、それは僕に少なからず恨みを抱いている可能性がある。僕と汐海の共通の知り合いはほとんどいないからだ。なら、いったい誰が……天馬か?いや、おそらくアイツではないだろう。強姦も、殺人も、れっきとした犯罪だ。天馬にそんな度胸はない。できるとしても、せいぜい万引きくらいだろう。それに、金井はなにより先に保身を考える男だ。その金井が、天馬ごときの指示で犯罪に手を貸すとは思えない。汐海の倒れていた場所、あそこで行為が……行われたとは考えにくい。あそこは、たしかに人気は無いけれど、田んぼに隣接していて、見通しが良すぎる、だから、汐海の身体をあそこまで運んだ“誰か”がいるはずだ。動画の音声には雨が天井を打つ音が入っていた。おそらく、車内だったのだろう。だとすると、犯人は、複数である可能性が高い。

女性をレイプするなら、最も効率のいい方法は、外部から遮断された閉め切った部屋か、車の中だ。はじめから殺すつもりであったなら、閉め切った部屋でもいいかもしれないが、それでは連れ込む際に人に見られるリスクがあるし……痕跡が残った場合、足がつきやすい。その点車は夜中で、後部座席の窓ガラスにスモークでもかけていれば、車内はほとんど外部から見られることもなく、音も漏れにくいだろう。ましてや走行しながらであれば、誰にも止めようがない。たとえ被害者が生きていたとしても、ナンバーを見られることに気をつければいいだけだ

暴行を加えることを前提に考えると、車内に一定のスペースがある車が必要だ。それに、車だろうと、部屋だろうと、ある程度相手を人気のないところまで誘い込む必要がある。汐海が、易々とそんな誘いに乗るとは思えなかった。

考えれば考えるほど、ハラワタが煮えくり返るような思いに襲われた。フツフツとこみあげる感情が、自然と僕から言葉を奪っていった。


目的地に着くと、静かにチャイムを鳴らす。そこはどこにでもあるような普通の賃貸アパートの一室であった。僕自身、何度か訪ねたことのある場所でもある。

「はい」

ガチャリという音と同時に一人の男が顔をのぞかせる。

「……!」

その男は、僕と目が合った瞬間、ハッと驚いた表情をし、開きかけた扉を閉じようとした。しかし僕はそのわずかに開いた隙間に強引に腕を突っ込み、力いっぱいこじ開けた。

「な、なな奈津!」

僕は部屋に押し入り右手で男を壁に叩きつけ、腰に差しておいたナイフを首に押し当てた。その男は、金井秀人であった。僕の顔を見た金井の顔は青ざめており、震えてカチカチと歯を鳴らしていた。

「おまえに……命令したのは……誰だ。もし言わなければ……おまえを……殺す」

僕は枯れてしまった喉から、振り絞るように声を出した。老婆のようにしわがれた低い声であっても、僕の見開いた眼は金井をとらえて揺るがない。

「な、ななな何のこ……」

「おまえは……死んでも……いい。心当たりが……少し……ある。何年……かかっても……見つけ出して……殺す……だけだ……選べ……すべてを……話すか……ここで……死ぬか」

「わかった、話す、話すから!」

金井がそう言っても、僕はナイフを止めなかった。少しずつ、だが確実にナイフは金井の首にのめり込んでいく。金井の目には、僕に殺意があることは一目瞭然であっただろう。

「し、しし仕方なかったんだ……!」

自分が殺されるかもしれないという恐怖からか、金井の表情はひどく歪んでいた。

「言うとおりにしないと、姉ちゃんをヤるって、脅されたんだ!ぼ、僕はただ、奈津をおびき出せって言われただけで、こんなことになるなんて思いもしなかったんだ……!」

金井は震えながらそう言った。

「だれに……命令された」

ナイフをかち上げ、金井の顎を上へ押し上げる。

「ワ、ワタルだ!龍岩高校のワタルって奴に、脅されたんだ!ゲーセンでアイツ等のグループにつかまって、それから、何度もお金取られるようになって……」

「それ……で」

「7日前、急に呼び出されたんだ。で、奈津の彼女をレイプするからその間、奈津をおびき寄せろって!も、もちろん断わったさ!でも、もし言うことをきかないなら、姉ちゃんを代わりにレイプするって……僕だって本当は嫌だったけど、でも、姉ちゃんだけは……」

 金井はそう言うと声を上げて泣きはじめた。

その後、いくつか質問を重ねると、僕は表情を緩め、同情して見せた。

「おまえが……どういう人間かは……よく知って……いる。一年間……毎日の……ように……一緒にいた……からな。おまえも……辛かった……な」

そういって僕はナイフを彼の首元から離し、くずおれる金井を部屋の奥に引っ張っていった。金井の足に当たり、ゴミ箱が倒れ、ティッシュの塊が床に散乱する。部屋の隅に投げ捨てられた金井は、緊張からかそのまま座り込み、視点すら定まらない状態で肩を上下に揺り動かしながら呼吸をしていた。

「僕に……奴らの情報を……教えた時点……で、奴らも……おまえを……ただではおかない……だろう」

 金井はそう聞くと、ビクッと怯えたような視線で僕を見た。

「おまえ……に、残された道……は、二つ……しか……ない。このまま……警察に行って自首……するか、自分の身は自分で……守る、か。一つ目を……選べば、おまえの退学は……もちろん、おまえの姉さん……も、仕事、をつづけられなくなる……だ……ろう。もし……二つ目……を、選ぶ……なら、その箱を……みて……みろ、きっと……役に立つ」

僕はできるだけやさしい表情で声をかけ、ベッドの上に小包程度大きさの木箱を置いた。そして、僕は金井のアパートを後にした。


僕が最後に見た金井は、うずくまったまま、何かをひたすらブツブツと呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ