衝撃
仲村汐海が、死んだ。
隆二にそう告げられても、私はまだ事態が呑み込めていないでいた。
――強姦殺人
その言葉は私の息を詰まらせ、眩暈を感じさせるには充分だった。
「刑事の話によると、一八日の金曜、仲村さんは帰宅途中に誰かに両手足を縛られて、そのまま……。おれは見ていないんだけど、遺体もひどい状態だったらしい」
隆二もひどく憔悴しきっているのだろう、現実を前にして怯えているのが、電話越しでも伝わってきた。私はこみあげる吐気を抑え、黙って隆二の話を聞いた。
「これから真由子のところへも、刑事が事情聴取にくると思う、無理して応対しなくてもいいからな」
今にも崩れ落ちそうで、隆二のやさしさに、私は感謝する余裕もなかった。
それから間もなくして、家のチャイムが鳴る。
「丸山真由子さんですね。お忙しいところ申し訳ありませんが、高橋奈津についていくつか質問をさせていただいてもよろしいですかね。私、今回の事件を担当している神奈川県警の長谷部と申します」
そういって男は警察手帳を私の前に広げて見せた。四十過ぎくらいだろうか。少し顎に蓄えた髭がよく似合っていると思った。その隣にいる精悍な顔つきの若い男性は、二〇代半ばくらいのようで背筋をピンと伸ばして直立している。
「あ、あの、事件ってどういうことですか、どうして私のところへ……」
「いえ、少し話をお伺いしたいと思いましてね。なにせ、被害者の親しい友人の名前が一人も上がらなかったものですから」
「すみません、あの、被害者とは……」
「いやいや、これは失礼いたしました。実は昨日の十月一八日、深夜十一時にある少女が救急搬送され、すぐに死亡が確認されました。遺体には暴行された痕跡がありまして、県警ではこれを暴行致死事件として捜査しています」
刑事さんは静かに落ち着いた眼差しでそう言った。なぜ、仲村さんが?それが事実だとしても、どうして私のところに?その疑問は刑事さんの次の言葉でかき消された。
「実は、救急搬送された際、病院で死亡確認を聞くまでずっと付き添っていた少年がいるようなのですが、事件性があると考えた病院が通報したときにはもう、その少年の姿はなかったそうです」
刑事さんが何を言おうとしているのか、私は気づいた。
「実は、あなたの友人の高橋奈津が、事件当日以来、行方不明なんですよ。現在、捜索中でして」
視界が暗くなる。私は必死に頭をひねったけれど、どうしても事態が呑み込めずにいた。私は、卒倒しそうになりながらも、ソファーの手すりを使ってなんとか自分の体を支えた。
「最近、高橋に何か変わった様子はありませんでしたか?たとえば、普段ならしないようなおかしな言動や、素振りなどは……」
「いえ……前はよく一緒に下校もしていたんですけど、奈津が仲村さんと一緒に帰るようになってからはほとんど会っていなかったので……」
「では、あなたからみて、高橋奈津とはどのような人物でしたか?ほら、性格とか、他の人とはちょっと変わった点とか……なにかあるでしょう?」
刑事さんはとても穏やかな目で、やさしい話し方をする。でもそれが、こちらを油断を誘うようで、逆に不気味で、ものすごく怖かった。
「ところで、高橋と被害者である仲村汐海は交際していたのですか?」
「わかりません」
「では高橋が被害者をストーカーしていた……といった噂があったそうですがそれは事実ですかね?」
刑事さんがそういうと、私はなぜそんなことまで知っているのかと思ったが、隆二が先に聴取を受けていたことを思い出した。
「それもあたしにはわかりません。噂があったことは事実です。でも奈津はそんなことをする人じゃありません。幼稚園の時からずっと一緒だったんです。そのくらい、分かります」
私が少し声を張り上げても、刑事さんは冷静になにやらメモを取っている。その隣に座っている若い刑事さんは、私の言うこと一つ一つにうん、うんと頷いてくれていた。
「あなたはその時、どこで何をされていました?」
「その時私は、理香という友達と一緒に隣駅のショッピングモールに行っていました」
私はその日理香と一緒に駅近くの大型ショッピングモールで買い物をしていた。
「刑事さんは、奈津を疑っているんですか……?」
私が、おそるおそる聞いてみると、刑事は強張った表情で答えた。
「あくまで重要参考人の一人として考えています。それにもし、高橋が事件に巻き込まれているのなら、早く保護してあげなければいけない。そうでしょう?」
「はい……ですが、奈津は、自分のために他人を傷つけるような人じゃありません。少なくとも、そんなことを望むような人じゃないんです」
「人の気持ちっていうのはわからないものですよ。良い人そうに見える人ほど、抱え込んだストレスに耐えきれなくなったときには何をするかわからないものです。今まではずっと平気そうに見えてもある日突然、何でもないことをきっかけに爆発してしまうこともあります」
そう言われて、私はなにも言えなくなってしまい、ただ、その場でうつむくしかなかった。
「ふむ、わかりました。今後もご協力をお願いすることがあるとは思いますが、その時はよろしくお願いします。それでは、本日はこれで失礼させていただきます」
刑事さんはとてもやさしさにあふれた笑顔でそう言って会釈をした。
私は、強張ってしまってよく動かない首で、かすかに会釈を返すのがやっとだった。




