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祈り

何も、言葉が出てこなかった。背筋が凍りつくとはこういうことをいうのだろう。僕は一瞬、息をすることも忘れるほど、頭が真っ白になった。

――プルルルル

金井の携帯から着信音が鳴り響く。有無を言わさず、僕は金井から携帯を奪い取った。通話に出ると、向こうから、男の声が聞こえた。

「おい金井、オメーいまどこだ?」

「金井はここにいる。君はだれだ。今、どこにいる」

 震えるくちびるで、僕は精一杯声を張った。

「ん?オメーだれだ……?俺たち今お楽しみ中だってのによお……」

電話の向こうから雑音に紛れて、小さい音だが、少女のすすり泣く声が聞こえた。

「うそだ……やめてくれ、頼む……僕が悪かったから、なんでも言うこと聞くから……」

「は?頭沸いてっこと言ってんぞコイツ」

電話の向こうで男数人の笑い声がした。

「代わりのものなら何でもやる!だから、やめてくれ!やめろ!」

「は?やめるわけねえだろばーか」

「やめてくれ!なんでもするから!」

―――プツッ……そこで、通話が途切れた。

次の瞬間、金井の携帯がもう一度鳴る。

一通の、メールが届いていた。メールを開くと、動画が添付されていた。僕は、それを開いた。

髪の乱れた少女の顔が、映っていた。少女は、ひたすら泣いていた。生々しい音に紛れて、男たちの荒い息遣いとかすかな話声が聞き取れた。


“ごめんな、痛いよな、苦しいよな”


“ははっ、腰振りながら何言ってんだよ”


“仕方ないだろ、我慢できないんだ、たまらないんだ”


“ぜんぶ、君のせいだ、君が悪いんだ”


“おい!順番だからな!早く代われよ!こんないい女はじめてだ。もう待ちきれねえよ!”


動画は、そこで終わった。

「どこだ……あの子は今、どこにいる……!」

「し、しらない……下校中に拉致るって言ってたから……」

「そんな……」

「奈津、もう遅いよ、今ごろはもう……」

「うるさい!おまえは警察に連絡しろ!」

「仕方なかったんだ、言うとおりにしないと、僕は……」

金井の言い訳なんてどうだってよかった。汐海が今どんな目にあっているのか、想像するだけで全身の血が凍りつく。僕は他の何にも目もくれず、すぐに走り出した。汐海はきっと外にいる。それも、狭い空間だ。電話越しに雨が屋根を打つ音がした。

 あたりはもう真っ暗になっていた。土砂降りの雨の中、僕は走りつづけた。青石川がまるで全てを呑み込むかのように激しい音を立てて氾濫している。喉の切れるような痛みも、張り裂けそうな心臓も、もうどうだって良かった。


走っている間、ひたすら全身の血が抜き取られるような感覚に襲われた。

僕はわかっていたのに、僕が彼女から離れたら彼女はひとりぼっちになるって、わかっていたのに!何も知らず、僕に笑いかけてくれた彼女に、僕は、なんて、なんてひどいことをしてしまったんだ。

走った。ザアザアと降りしきる雨の中、ただ走った。走って走って走り続けた。

伝えたい。本当の気持ちを。もう遅いかもしれない、それでもいい。ゆるしてくれなくたってかまわない。伝えられたら、もう、死んでもいい。謝りたい。もう一度、彼女の声を聴きたい。今、やっと気づいたんだ。僕はただ、意地を張っていただけだって。

汐海のことを考えれば考えるほど、彼女を想う気持ちがあふれ出てきた。彼女の笑顔、匂い、仕草そのすべてが頭の中を駆けめぐる。僕は汐海のことが好きだ。ずっと、そうだった。他の誰を敵にまわそうと、汐海の笑顔があれば他には何もいらなかった。僕は、汐海を愛してる。この地球上の誰よりも、あの子のことを愛してる。

お願いします、神様。僕はどうなってもかまわない、こんな心の醜い僕の命ならいくらだってくれてやる。だから、どうか汐海を助けてください。僕の全てを差し出すから、これは悪い夢だよと、そう言ってください。朝目覚めたら、いつもと変わらない汐海の笑顔が待っていると……そういってください。

僕はただ、そう祈りつづけた。

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