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十月のすみれ

あれから一ヶ月、僕は汐海と会うことはなかった。噂によると学校には来ているようだが、どのように過ごしているかは知らない。下校時は彼女と会わないですむよう、青石駅ではなく普段は使わない田奈駅から帰宅するようにしていた。ちょうど真由子も田奈駅から帰ることにしたらしく、最近は二人で一緒に帰るようになっていた。

「奈津、やっと目が覚めたんだね。安心した。もう、あの子のことなんて何とも思っていないでしょ?」

 真由子がうれしそうにそう話す。僕はなにも応えなかった。

「そういえばね、DATのライブのチケットあたったんだ。奈津、中学の頃好きだっていってたよね。受験勉強の気分転換にさ、一緒にいこうよ」

DATというはロックミュージシャンのグループだ。個性的な切ないボーカルの歌声と男女の恋愛をテーマにした生々しい歌詞が、近頃若者に人気を博している。

「ライブかあ、そういえば一年前行ったきりだったなあ、いいよ、いこういこう」

「そうこなくっちゃ!あ、でもチケット代はちゃんと半分払ってよね」

「えー……ケチ」

「ケチじゃない!」

 頬をパンパンに膨らませて怒る真由子をみて、僕はふふと口角を上げて笑った

「あら、奈津、ボタン取れてるじゃない」

 真由子は、僕の制服を指さした。

「あーそうなんだよね、たぶんどっかで落としちゃったんだろうけど、どこで落としたのかもわからなくて」

「まったくもう、今度あたしがつけてあげるわよ」

「えー、遠慮しておくよ、真由子不器用だし……」

「奈津まで隆二みたいなこといわないの!」

 真由子はあきれたように笑うと、ふと何かに気づいたのか

「ねえ、ねえ、これみて」

 と言って道路脇にしゃがみこみ、地面を指さした。

その先には、あでやかな紫色をした一輪のスミレが、コンクリートの隙間から一人さびしく咲いていた。もう十月だというのに、日差しの少ないこんなゴツゴツした道路の脇にスミレが生えるなんて、なんてめずらしいのだろう。小さなスミレは凛として、秋の寒さに負けじと咲きほこっていた。

「ほら、とてもきれいだわ」

「ああ、そうだね。ほんとうに、きれいだ」

凛々しくもはかないその姿は、まるで、彼女のようだと思った。そよ風が吹くと、スミレは、紫色の花弁を小さくゆらめかせる。

「ねえ、これ、持って帰りましょうよ」

「そっとしておいてやれよ」

「だいじょうぶよ。こんなところに咲いているんじゃ、どうせすぐ枯れちゃうんだから」

真由子はそれをブチッとむしり取って言った。

「あげないからね」

「はいはい」

 真由子はフフッと笑うと、むしり取ったスミレを大事そうにポケットにしまいこんだ。


「ただいま」

玄関を開けると、ちょうど天馬が玄関を通りすぎるところだった。リビングに上がろうとする天馬と一時目が合ったが、天馬は気まずそうに目をそらして通りすぎていく。

天馬を殴ったあの日以来、天馬は不自然なほど僕を避けるようになった。時々鉢合わせになっても、怯えたように目をそらすだけだ。あの日のことが、よほど良いクスリになったらしい。

二階に上がろうとすると、ちょうど僕の部屋から携帯の着信音が鳴っていることに気がついた。そういえば、汐海と出会ってからというもの、あまり携帯を使うことがなくなり、学校へも持っていかないことが多くなっていた。案外、無くなっても生活できるものだ。僕は少し急ぎ気味に部屋へ上がると、枕元に転がった携帯を手に取った。

「もしもし、奈津?僕だよ、金井秀人だけど」

外で電話しているのだろうか、電話越しに車の通りすぎる音がする。

「ああ、久しぶり。急にどうしたんだ」

金井秀人は僕と同じ中学校出身で、おとなしく、いつもゲームをするか漫画読んでばかりいるような子だった。中学時代、コミュニケーションが苦手な彼は、よく乱暴な奴らにいじめを受けていて、それを見かねた僕は、何度か彼をかばったことがある。それ以降、金井は休み時間になるといつも僕にべったりで、こちらも特に拒む理由も見つからず、それをなんとなく受け入れていた。

そして、中学を卒業すると、高校が別々だったこともあり、僕たちは会うことも次第に少なくなっていった。卒業式の日に、メールアドレスと一緒に電話番号も教えていたのだけれど、彼が実際に電話をかけてくるのは、今日が初めてだった。

「実は僕、今度引っ越すんだ。明日時間ある?久々に昔みたいに一緒に遊ばない?」

「明日か、いいよ。ちょうど予定空いてるし。じゃあ、明日学校終わって家に荷物置いたら連絡するわ!」

「それなんだけど、僕、最近忙しくて夜予定があるんだよね。だから学校終わってそのままってのはどう?ちょうど高校も隣駅だしさ」

「一度家に帰ってからじゃ、ダメ?」

「うん。ま、一日くらいあっちも許してくれるよ。昔はよく放課後一緒に買い食いしたりゲーセン寄ったりしたじゃない。その時のノリでいこうよ」

「まあ……いいけど」

「うん、じゃあまた放課後ね」

僕は、深く考えることもなく、金井の提案を承諾した。金井が今どうしているのか多少気になっていたし、昔の友達と遊ぶのも、たまにはいいだろうと思って、僕は少しワクワクしていた。


まさか、この決断があんな結果を招くことになるなんて、このときは、夢にも思わなかったんだ。

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