嫉妬
「そういえば、今日は美玖いないのね」
「ああ、あいつは文化祭の準備が忙しいとかで、放課後も居残りさ」
隆二、圭介、私のいつものメンバーで下校中、隆二が軽い口調でそう答えた。
「奈津は、今日も、いないんだ」
「また、あの子のところじゃないかな」と圭介。
「ふうん」
奈津はたぶん、仲村さんのことが好きだ。そのくらい私にだってわかる。私の気持ちはきっと気づいてもらえないだろうし、言い出す勇気もない。唯一の救いだったのは……奈津にこれまで彼女ができなかったこと。私の知る限り、奈津が誰かに告白したことはないし、告白された時でも、すべて断っていたはずだ。二人で帰る私たちをみて、付き合っていると噂がたったこともあった。そのせいで、他の女の子に嫉妬されることもあった。悪い気はしなかった。むしろそれが事実だったらと何度願ったことだろう。不安に呑まれそうになって、私は奈津にもらったペンギンのストラップを握りしめた。私の一番の宝物だ。
でも、奈津は私じゃなくて仲村さんが好きなんだ、私のもとへは来てくれない。ねえ、奈津、どうして私じゃだめなの。小さい頃から、悲しい時も楽しい時もずっと一緒にいた私じゃなくて、どうして仲村さんなの。普通の、そこら辺にいる子ならまだよかった、彼女は、美しかった。美玖も女子の中では可愛い方ではあるが、ひいき目に見ても、仲村さんには到底及ばない。
入学当初、彼女はまたたく間に学校中で評判になった。初めて見た時、女の私でも思わず見とれてしまうほど、彼女は輝いて見えた。
私はあんなに小顔じゃないし、足だって長くない、守ってあげたくなるような、あんな素敵な笑顔も持ってない。モデルさんには、ああいう子がなるんだろうなと、そう思った。
それ以来、彼女を見るだけでえもいわれぬ敗北感が身を包むようになった。それは、私だけではなかったと思う。自然と、私は私の名前も知らない彼女を避けるようになった。
でも彼女はそれだけではなかった。いや、あれだけの美しさがあれば当然かもしれない。彼女は何人もの男の人と体の関係を持って、お金をもらっていると、彼女と一年生の頃に同じクラスだった子たちに聞いた。はじめこそみんなの人気が高かったものの、彼女は私たちの話が通じないって。家もボロボロで、だからすごくお金に執着していて、自分の容姿を武器にして、毎晩毎晩、知らない男の人たちと……。だから、私は男の人が好きじゃなかった。中身がどうなっているかなんて知らないくせに、見てくれだけに騙されて、今まで付き合ってきた男たちもそう、みんなセックスすることしか考えていなかった。男なんて結局なんだかんだ言いつつ結局貞操観念なんてどうでもよくて、かわいくて、簡単に股を開く女が好きなんだわ。
その点、奈津は違った。見てくれや偏見に惑わされず、だから振り向いてもらえなくても、そばで見ていられれば、それで良かった。奈津は人の本当の良さを見つける、そして、仲間を見捨てたりなんか絶対しない。今までそんな奈津の優しさに、私は救われてきた。だから、今度は私が奈津を救わなきゃいけない。奈津が仲村さんのような女性に騙されて傷つく姿だけは、見たくなかった。
「真由子」
隆二の声に、私はハッとした。
「どうしたんだ、そんなに思いつめた顔して」
「ねえ隆二」
私は静かに隆二を呼んだ。
「私と奈津が付き合っているって噂が流れたとき、奈津もまんざらじゃなさそうだったわ。だって嫌だったら普通、少しは避けたり、会話を控えたりするものでしょ。なのに、奈津は変わらず笑顔で隣を歩いていたんですもの。私があの時……ううん、せめて奈津が仲村さんと出会う前に告白していれば、ぜったい付き合えたのになあ」
私は自分と奈津とはもう過ぎたことだけれど、両想いであったと、誰かに認めてほしかった。
「ああ、おれもそう思うよ。本当なら、奈津は真由子の彼氏になるはずだったのにな」
隆二は、残念そうに同情をこめた言い方をした。そして、やさしく笑ってつづけた。
「奈津も今までにないタイプの人間を前にして同情心と好奇心が湧いているだけさ、そう気にしすぎるな。すぐに飽きるよ」
「そ、か……そうだよね。少し時間がたてば奈津も目を覚ますよね」
「それはさすがに……どうだろう」
「圭介」
「確かに、一昔前なら真由子と付き合う可能性もあったのかもしれない。あくまで可能性の話だけどね。でも僕の知る限り、奈津があんなに人に夢中になるなんて初めてのことだ。仮に隆二の言う通り仲村汐海に同情しているのだとしても、あいつが今後仲村さんを見放すことなんて想像できないよ。奈津がそんな奴じゃないことは君たちが一番よくわかっているだろ。少なくとも仲村さんがいる限り、奈津が他の人を見ることはなんて考えられない」
私は、返す言葉が見つからなかった。認めたくはないけれど、その通りだと思った。
「みんなだって気づいているだろ、仲村さんのことを話すときの奈津は、どんな時よりも活き活きしてる。仲村さんに冷たくされた話すら、あんなに幸せそうに話していたじゃないか」
「やめてよ」
「僕たちが聞いた噂くらい、あいつはもうとっくに知ってるよ。奈津は今、仲村さんに恋をしてる。僕たちに止められても、自分が傷つくことが分かっていても、それでもあいつは、自分ではどうしようもないくらいに仲村さんが好きなんだ」
私も隆二も、圭介の言葉に息をのんだ。
「ま、奈津のことだから好きっていっても、一緒にいて楽しいな、くらいにしか思っていないんだろうなあ」
私は息が詰まるような不安感に包まれて、そう言い返すのが精一杯だった。そうであってほしい。私はそう強く願った。
「ああ、きっとそうだろうな」
隆二もふっと表情を緩めてうなずく。
「おいおい、小中学生の恋愛じゃないんだぜ?もうヤってるだろ」
圭介が無神経にサラッと言い放った。
「圭介、おまえ奈津のことわかってねえなあ。あいつはああ見えて奥手なんだよ」と隆二。
「そ、そうよ、圭介が奈津に出会ったのは中学入ってからじゃない。私と隆二は奈津と幼稚園の頃から一緒なんだから!圭介より奈津のことはよく知ってるわ」
私はムキになって声を張り上げた。本当は声を上げて泣きたかった。圭介が口を出すたび、私の心はズタズタに引き裂かれる。初めて、圭介を憎く思った。でも何より、私から奈津を奪った仲村汐海がゆるせなかった。
「あーはいはい、まったくこういう時だけ意気投合するんだよなあ。あ、なんならもうおまえら付き合っちゃえばいいじゃん。真由子はあの子に勝てないし、隆二も奈津には勝てないし。美玖だって、最初は奈津のことが好きだったもんな」
「圭介、おまえ……」
隆二が何か言いたそうに圭介を見る。
「ああ……ごめん、いつまでも引きずってる方が二人のためにならないと思ってさ」
「なによ、あんたにそんなこといわれたくないわ!美玖に振られてばっかりのくせに!」
そう言われると圭介もムッとして、激しく言い返した。
「どっちにしたって真由子じゃ、あの子にはかなわないよ、あきらめな」
「うるさい!」
私は、イライラを抑えきれなくて、力いっぱい声を張り上げた。圭介は、申し訳なさそうな顔で「ごめん」とつぶやいた。隆二は、何も言わずにうつむいている。私たちの間にはなんともいたたまれない空気が流れた。いつもそうだ。奈津がいなくなると、私たちの関係にまるでポッカリと穴が開いてしまったかのように、虚しい会話しか生まれてこなくなる。そんな空気が嫌で、美玖も学校に残ったのかもしれない。
奈津は、いなくなって初めてその大きさに気がつく、そんな存在だった。私たちのリーダーは誰かと聞かれれば、それは隆二だ。隆二は責任感が強く、自分の主張がはっきりしていて、皆が不安に駆られた時には、柱になって皆を支えてくれる。それに対し、奈津はいっつも楽しそうにのらりくらりとしているだけで、何かするわけでもないけれど、そんな奈津のおおらかさは私たちを包みこんで、自然と空気を和ませてくれていた。




