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背負う背中は小さくて、その痛みは大きすぎて

汐海が、僕に隠していたこと。それが何なのか分かる気がして、僕はB組の教室の前まで来ていた。汐海のクラスだ。放課後の廊下は閑散としていて、校庭からは部活中の生徒のかけ声が聞こえる。僕は、そのままゆっくりと教室の扉を開けた。電灯も点いていない薄暗い教室。一見すると他の教室となにも変わらないように見えるけれど、窓際の隅っこに、まるで避けられているかのように周囲と異様にかけ離れた席に気がついて、僕は、おそるおそる歩み寄っていった。

その机は少し薄汚れていて、その後ろにはゴミ箱が置かれている。そして、その少し薄汚れた机を見下ろした瞬間、僕は、ここで起こったすべてのことを理解した。


机は、数えきれないほどの“死ね“で埋め尽くされていた。


売春女、ヤリマン、乞食、ゴミ――と、いくつもの筆跡が刻まれている。


中には、女の子の字も混じっていた。


「学校にくるな」と、「おまえなんか生きている価値もない」と、そう刻まれていた。


いくつも消しゴムで必死に消した跡がある。


しかし、それも途中で止まっていた。


消しても、消しても書き足されるうちに、消すのを諦めたのだろう。


書かれた文字はところどころ滲んだように薄くなっていた。


“あの子、授業中も休み時間も、机に丸くなって寝てばかりなのよ”


真由子の言葉が頭の中で再生される。


汐海は……寝ていたんじゃない……汐海は、ずっと……ずっと


――泣いていたんだ。


僕の中ですべてが繋がった。僕が同じ高校だと知った途端に冷たくなったのも、僕がクラスに来ることを拒んだのも、すべてこれが原因だった。教師は何をしているのか、あんなバカげた噂を真に受けているとでもいうのか。

僕は、机においた自分の手の下にまだ何か描かれていることに気づき、その手をゆっくりとずらしていく。そこには、五体をバラバラに引き裂かれた犬の絵、そう、汐海の大切にしていた、あのストラップの絵があった。

ひどい孤独の中、何度も持ち物をゴミ箱に投げ捨てられたのだろう。大勢の前でゴミを漁らされ、おまえなんか誰も必要としていないと言われる。それは想像するだけでも苦しくて、僕でさえ胸をナイフでえぐられるような痛みを感じた。汐海を避けるように配置された机は、この教室に、誰一人として彼女の味方がいないことを物語っていた。このような仕打ち、いったい誰だったらたえられるというのか。誰も味方のいないこのジメジメと湿った空気の中で独り、彼女は学校に来るたび、どんな思いだったのだろう。三十人以上の敵と、彼女はこの狭い教室に閉じ込められている。それがどんなに孤独であったか、苦痛であったか、考えるに堪えなかった。どうして、あんなにかよわく、心やさしい女の子が、たった一人でこれだけの痛みを背負わないといけないのだろう。彼女の心の傷を考えれば考えるほど、やり場のない思いがこみ上げてきた。

いつの間にか、僕は嗚咽を漏らして泣いていた。その雫が、ポトリ、ポトリとバラバラになった犬の上に滴り落ちる。


この日、今までずっと泣くことのできなかった汐海の分まで、僕は涙を流した。自分はどうなっても良かった。ただ、汐海に笑顔でいてほしかったんだ。

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