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【電子書籍化】騎士様と厩番  作者: 市川 ありみ
第2章 王宮軍部
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初恋の話

アリシアは手入れの終わったクルメルを馬房へ連れて行った後、バームスの様子を見に馬場へと向かう。


 まだ練習中で、フェルディナンドは下級士官達を相手に穂先が潰されている練習用の騎槍を振るっていた。



 手加減とか……しないか。



 フェルディナンドの騎槍に突かれ、落馬して転がる兵に向かって


「さっさと起きて剣をぬけ!」


と怒声を浴びせながら、わざとその頭上を馬で飛んでみせる。


 少し間違えば死ぬじゃん、あれ。


 手加減なんてする敵なんていないからいいのか。



 バームスはフェルディナンドの細かい指示にもよく反応し、武器に怯える様子もなく堂々としている。

 騎乗者の重量がかなりあるので長時間の戦闘はちとキツそうだけどこの様子なら急な戦闘にも対処できそうだ。



 しばらく練習の様子や他の馬場にいる馬たちの様子を観察しながら終わるのを待っていると、汗を拭いながらフェルディナンドがやってきた。


 男の汗なんてむさ苦しいだけだけど、何故かこの男がやると爽やかな動作に見えるから腹が立つ。


 そんな様子を見ていた女官達が向こうできゃあきゃあ言っているのが聞こえてきた。仕事しろよ。


「バームスの調子よさそうですね」


「ああ。お前の見立て通り度胸があっていい馬だ」


「ところでフェル様、スーシーに乗っていたあの方、多分ベラとの方が相性いいですよ」


「そうなのか?」


「はい。それからベッロの左後ろ足は後でよく見た方がいいとおもいます。大したことは無さそうですですけど早めに対処しておくに越したことはないですし。ついでに言うとハッソはシャドーロールをつけた方がいいかもしれませんね。あの子は影に過剰反応するので。あとモリーは……」


「まてまてまてまて」


「はい?」


「ハッソてどの馬だ?」


「第4厩舎にいる、額に三日月形の白斑がある鹿毛の子ですよ」


「じゃあベッロは?」


「第6厩舎にいる馬車馬で、ほら、あの右側の前足と後ろ足が白い子ですよ」


「じゃ、じゃあモリーは……?」


「モリーも第4厩舎にいる子で、伝令馬として使っている鹿毛に鼻筋に大きな白い筋模様が入った馬です」


「おっ、お前まさか、馬の名前全部覚えているのか?」


「軍部にいる子だけですけどね」


 仕事を覚えるのに精一杯で軍部の厩舎しかまだ見れていない。王宮にある厩舎の方もいつか見に行きたいとは思っている。入らせて貰えれば、だけど。


「嘘だろ。軍部(ここ)に何頭の馬がいると思ってるんだよ。1000頭はくだらないぞ」


「ええ。多いのでさすがの私でも全員を覚えるのに10日もかかってしまいました」


「呆れた……。んん? お前、俺の名前覚えてなかったよな」


「人の方はサッパリで」


 フェルディナンドが半眼でこちらを見てくる。

 だって仕方ないじゃん、人の顔と名前は頭にあんまり残らないんだから。



 上官へ報告に行ったフェルディナンドを見送ると、今度はバームスの手入れに取りかかった。



***



一通り馬たちの手入れを終えて馬具を磨いていると、フェルディナンドが馬具置き場にやってきた。


「それで、旦那探しはどうだ?いい奴はいたか?」


「別に旦那探しに来たわけではありませんよ。女官じゃあるまいし」


 女官は王宮務めをする女性役人。そのほとんどが貴族の出身で、金銭的な目的で出仕している人もいるけれど、若い女性の場合はまず間違いなく旦那様探しをしに来ている。

 アリシアがフェルディナンドと話す度に女官達が睨み付けてくるのだけど、いい加減にして欲しい。



「ほう、殊勝な心がけだな。せっかくオススメ物件を紹介してやろうと思ったのに」


「へえ、どなたですか?」


「俺」


 白けた目でフェルディナンドを見つめたあと、馬具拭きを再開する。


「23歳でまだ独身。婚約者もなし。なかなか悪くないだろ?」


 この人なんで結婚しないんだろ。引く手あまただろうに。「はいはい」と適当に返事をしておく。


「お前まさか初恋すらまだとか? 馬が私の恋人です、とか言うクチだ」



 ムッカーーーーッ!腹立つやつだな!!



「失礼ですね!私だって人間に恋くらいした事……」



 …………した事あったっけ?



 言葉が続かないアリシアを、フェルディナンドがしたり顔で見てくる。


「した事あるんだ? どこのどいつだよ、それ」


「そっ、それはですね……えーと……」


 フェルディナンドがますます笑みを深くする。


「いないんだ?」


「いますよ、います! 5歳年上の装蹄師のお兄さんです! うちの牧場に来ていた装蹄師の弟子として来ていて、独立したみたいで会えなくなっちゃいましたけど。赤毛が特徴的でとぉーっても優しくて手先の器用な方でした!」


 とりあえず頭に思い浮かんだ男性を、早口でまくし立てた。


 装蹄師のお兄さんは実在する。いつも牧場に来るとアリシアの事を可愛がってくれるお兄さんの事が実際、大好きだった。


 ただその「好き」が恋かと言われると首をかしげる。手先が器用で装蹄がめちゃくちゃ上手かったので尊敬はしていたけれど、どちらかと言うと頼れる優しい「お兄さん」と言った感じだ。



 フェルディナンドがその人に会う訳でもなし。図星を言い当てられて調子づかせるのは癪に障るので、最もらしい人を出しておいた。



 どうだ?! と言わんばかりにフェルディナンドの方を見ると、つまらなそうに「ふーん」とだけ答えて頭絡(とうらく)を弄んでいる。



 興味無いなら聞くなよ。



「そうだ、来週ある祭りの事は聞いてるか?」


「はい。王宮で行われる馬祭りですよね! すごく楽しみです」


 

 馬祭りは馬に1年間の感謝の気持ちを捧げるお祭り。


 王宮には貴族と言った上流階級の者たちが招待され、豪華に飾り付けられた馬車のパレードや、騎兵による演武、馬の競争、そして野生馬を乗りこなす催しなどが行われる。


「初めてだしその日は非番にしていい」


「あっ、ありがとうございますっ!」


 思わずフェルディナンドの手を握りしめ、歓喜の舞を踊る。

 その日、非番だったり手の空いている使用人は見に行ってもいいのだけど、どうせ仕事だからチラリと覗ければいいかなと思っていた。


 フェルディナンドは戸惑いの表情を浮かべながらも、アリシアと一緒にクルクルと踊って付き合ってくれた。


シャドーロール→鼻筋のところに付けるモフモフしたやつです。下方を見えにくくして前方に意識を集中させる効果があります。

頭絡→お馬さんの頭に付ける馬具で、口元付近から手綱が付いているアレです。


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