2.
義父を応接室へと案内すると、後から少し遅れて、赤子を抱いたアリシアが入ってきた。
「ほーらミラン、おじいちゃんだよー」
抱いているのは半年ほど前に生まれたアリシアとフェルディナンドの息子。
義父がこちらにやって来るのは結婚式の時以来なので、孫と初のご対面だ。
「な、な、な、なんつー格好で!さっきまで馬と遊んでた汚い服と手で孫を抱っこしてくるな!!」
「はぁ? 自分なんて拾った娘を馬の背中に括りつけてたんじゃないの?」
「それとこれとは別だ! 大事な大事な孫だぞ? それにお前は頑丈そうだったからな」
「え? 酷くない?! こんな頑丈そうな男の子供なんだから頑丈に決まってるでしょ」
「まあまあ。義父上、どうぞミランを抱いてあげてください」
とりあえず仲裁して義父に息子を抱っこしてもらうと、危なげなく慣れた手つきであやし始めた。
「さすが、アリシアを男手ひとつで育てていただけありますね」
「ははっ、そうでしょう?」
「なにがそうでしょ、よ。ほとんど馬に子守させてたくせに」
「まぁまぁ」
ひとしきり孫を抱いてもらってから乳母へと預けると、3人でソファへと座り本題に入る。
今回アリシア父が大公城へやって来たのはクルメルの子供シャイトを連れてくること、孫に会いに来ること、それからもう1つある。
「それで、本当に産まれたの?!」
「ああ、産まれてきた子はみんな、お前の言うフィンダス歩様をするぞ」
「いやったー! これは大儲けのチャンス! フェル様、約束通り貸しは返しますからね」
この2人が一体なんの話しをしているのかと言えば、昔カルロ島でフェルディナンドが大量に買ったフィンダス歩様をする馬と、ごく普通の歩様をする馬とを掛け合わせてみたところ、フィンダスの様な歩様をする馬が産まれたと言う事らしい。
去年の春にその報せを手紙で受け取っていてから、アリシアがずっとソワソワしていた。この話からすると、今年には大公城にあるアリシア専用の繁殖牧場でも、フィンダス歩様をする馬が誕生する事にだろう。
なお、カルロ島の牧場へはもう一度、アリシアが馬の買い付けに行っている。その時に素性を明らかにしたら随分と驚いていたようで、以来、牧場主とは親交を持つようになった。
「いやぁ、あの歩き方はいいな。あの馬で多頭立ての馬車を轢かせたら間違いなく目を引くぞ」
「でしょ? そう思うよね。何代先まであの歩様の子が生まれるのかは、これからどんどん掛け合わせてみないと分からないけど、とりあえず子供の代ならいけるってことね」
「そんで、あの馬をどうするんだ? まさか普通に市場に出すつもりじゃないだろうな?」
「ん? なんで?」
「バカかお前は。あんないい馬を普通に売ってどうする!」
「ええ? 普通に売ってもあの馬なら相当高くつくでしょ?」
アリシア父は首を振りながら、はああぁぁぁ、と盛大にため息をついて見せた。
「いいか、商品っつうのは希少なものほど価値が高くなる。宝石でも貴金属でも数が限られて簡単に手に入らないこそ人はみんな欲しくなるってもんだ」
「うん」
「だからな、あの馬の希少価値を高めてやればいい」
「うん。で、つまり?」
「まだ分かんないのかよ」
再びアリシア父が大きなため息をついた。どうやらアリシアはブリーディングは父親より優れていても、商才の方は父親の方に分があるようだ。
「独占、或いはごく限られた場所でのみ繁殖させて売ると言うことでしょうか?」
「さすがはフェル殿下! 話が早いですね」
なんか呼ばれ方が妙だが、話が進まなくなるので放っておこう。
「ああ、そういう事! それなら玉なしだけ売れば良いんだ」
「そうだ。牝馬や牡馬を売ったらもしかしたら繁殖させられて数が増えちまうからな」
「いいですね。キシュベルでしか手に入らないとなれば馬の価値がより高くなりそうですし、外国の貴族や王族はきっと喉から手が出るほど欲しがるでしょうね」
「値段はうなぎ登りという訳ですね。うわぁ、お父さんよくそんな悪どい事が思いつくわね」
「悪どくなんかない。商売は儲けてなんぼだ」
「この城にある牧場と、義父上の牧場、それから原産馬がいるカルロ島でのみ繁殖可能という事だと流石に少な過ぎるのではないですか? 他何件かの牧場を買い取って経営なさってみてはいかがですか」
「おおおお! それは良いですね。夢の複数牧場経営!!」
3人で話が盛り上がってきたところで、侍従が申し訳なさそうに話に入ってきた。
「どうした?」
「妃殿下の牧場の馬が、産気づいているみたいとの事なのですが…」
「えっ、本当?! これは私の牧場でもついにフィンダス歩様馬第1号が産まれちゃうわね!! じゃあフェル様、お父さん、ちょっと行ってきまーす!」
腕まくりをしながら意気揚々と部屋から出ていく娘を見て、義父が三度目のため息をついた。
「あの子は…アリシアはきちんと大公妃としてやれているんのでしょうか」
「ええ、間違いなくその勤めを果たしておりますよ」
「いえ、その……世継ぎを残すことの他に、という意味なのですが」
「ご心配には及びません。彼女は女主人としての役割もきちんとこなしていますから」
義父が心配になるのも無理は無い。アリシアは人の顔と名前を覚えるのが苦手だし、人間同士の面倒事には興味が無い。
家内を取り仕切るのは向いていない事は元から分かりきっていたことなので、アリシアには別の仕事を与えたのだが、これが見事に功を奏した。
「そうですか……。アリシアが手紙で『厩長相談役』とか言う役職を貰ったと書いてありましたが、そんな事で本当に大公妃としての勤めを果たしているとは思えないのですが。そんなのは妃でなくとも出来るでしょう?」
厩長相談役はアリシアの為に作った役職で、馬に関する様々な問題へのアドバイスや調整を行ってもらっている。
この領地で大きな問題となっているのは、馬の管理や騎乗をはじめとした、馬の扱い方が劣っていること。
騎馬国として名高いキシュベル王国の一部となったからには、同じレベルまで上げてもらわなければ困る。
特にここ、大公領は鉱物資源が豊富で他国からの侵略を受けやすい。尚更質の良い馬、優れた厩番と騎兵が必要なのだ。
そこでキシュベル王国の地方軍と協力して、厩番と騎兵の質を上げるべく、今、全力で教育を行っている。
「そうですね……。確かに妃という位に付く人でなくとも出来る仕事ではありますが、結果的にアリシアは、相談役という仕事を通して妃の仕事をしていると言えば良いでしょうか」
「と、言いますと?」
「私は妃の務め、役割というのは家内を滞りなく潤滑に回すことだと思います」
「そうでしょうね」
「アリシアの仕事に対する姿勢は義父上もご存知のことかと思います。使用人達は誰よりも真剣に、熱く、そしてプライドを持って働く彼女の姿を見て、自然と彼女について行きたい、尽くしたいと思うようです。主人が快適に過ごせるよう、手を煩わせないようにと、仕える者達が勝手に動いてくれるのですよ。それでこそいい主人と言えるのではないでしょうか」
他の貴族の女性達とは全く違う方法、アリシアならではのやり方で味方を増やしている。それは使用人達だけでなく、フェルディナンドの統治下にある貴族達も言える事で、いつの間にか彼女のファンが増えている。
人への忖度なしに、ただ馬の利益になる事だけを考えているアリシアを信頼する者は多い。
「そう……そうですか。それを聞いて安心しました。やっぱり俺の娘はすごい子だなぁ」
「ええ、どうぞ誇りに思ってください」
義父はそのまま1週間ほど大公城で過ごすと、カルロ島で原産馬と牧場主とも会いたいと言って出発して行った。




