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今回の番外編はフェルディナンド目線で(*´∀`*)
「さて、そろそろ来る頃か」
フェルディナンドは山積みになった書類の束を後回しにして窓から外を除くと、広間の奥には美しく整えられた庭園が広がる。
早いもので、この領地を陛下に任せられてから2年半もの月日が流れた。
領地管理の方法など全く勉強してこなかっただけに色々と手間取ることも多く、ほぼ手探りでやってきたが何とか軌道に乗って来た。
借りられるだけ、連れてこれるだけの優秀な人材を自分の領地に付いて来てもらってこなしていたけれど、ここ最近は元サダル人に多くの仕事を割り振るようにしている。
属国からキシュベル王国の一部になった事で、街を歩けば昔よりも随分とキシュベル人をよく見かけるようになった。
国境というものが無くなり人と物とが自由に行き来し、元サダルの遅れた文化と貧しさに目を付けた商売人達が次々とやって来る。
活気を得つつある領地を見ながら、5番目の兄の最期の言葉を思い出した。
「エルネスト兄上、見ているでしょうか」
フェルディナンドが眺める庭園前の広間は、かつて自分が兄を殺した場所。
新たな領主、新たな時代がやって来たのだと知らしめるために新しい城を建てるべきだとの声もあったが、フェルディナンドはサダルの王城をそのまま大公城としてあえて使っている。
兄の事を決して忘れる事がないように、いつでも初心に戻れるように。
物思いに耽りながらそのまま庭園を見続けていると、パンツスタイルの女性がせかせかと通り抜けていく。
一般的な貴族の女性が好き好む、美しく咲く花や丁寧に刈り込まれた植木、噴水などには全く興味が無い様子で、彼女の感心事と言えばもっぱら馬だ。
今日もこれから厩へと向かうのだろう。
特別な来客の予定が無い日中はドレスなどではなく、特注ではあるけれど厩番達と同じ様な服を着て仕事をする女主人に、初めは戸惑い、バカにしていた使用人達も、今ではすっかり当たり前のように受け入れられている。
アリシアの馬へのただならぬ情熱と、そして仕事へのプライドの高さ。
尊敬する気持ちが嘲笑う気持ちに勝ったらしい。
それは使用人達だけでなく、ここを訪れアリシアに会った貴人達にも同じく言えることだった。
下品な大公妃を見てみようとあからさまに態度に出して来る貴族も、いつの間にかアリシアワールドに染められて、馬のことで困ったらアリシアを訊ねてやって来る。
移動、荷運び、耕起、戦……
馬は生活をしていく上で絶対に欠かすことの出来ない存在。
それだけに、馬の扱いについて右に出る者はいないアリシアは、人々から求められ尊敬される。
貴人として客人をもてなしたり家事を取り仕切る能力に欠けてはいても、アリシアはそれをカバー出来るだけのものをもっている。
「まあ、いい馬を見つけると子種をせがむのはやめて欲しいところだけどな」
フェルディナンドが一人くつくつと笑っていると、ノック音が聞こえてきた。
「大公殿下、妃殿下のご尊父様が到着なさいました」
「分かった。今行く」
義父が恐らく初めに立ち寄っているであろう場所――厩へと向かうと、案の定、義父は娘に不満を垂らしていた。
「アリシア!! お前と言う奴は、大公妃になったというのにまだそんな格好しているのか!?」
「もー、うるさいなぁ。シャイトとの感動の再会を邪魔しないでよね。シャイト〜、大きくなったわねぇ。しばらく会わない間にこんなに美人な子に育って」
「妃になって少しは大人しくなったかと思えば全く……!」
アリシアがかわいい、かわいいと頬ずりしているシャイトと呼ばれる馬は、義父が王都の外れにある牧場から遠路はるばる連れてきたクルメルの子供。
アリシアがこちらに輿入れした時にはまだ幼く連れて来られなかったので、大きくなるまで牧場で育ててもらっていた。
「義父上、ようこそいらっしゃいました」
アリシアの横でグチグチ言っている義父に声をかけると、フェルディナンドの存在に気が付いた義父がしゃんと背を伸ばした。
「これはこれはフェルディナンド大公殿下、お久しぶりです」
「私は息子ですよ、もっと気楽に呼んで下さい」
「ええ…まあ…そうなんですけどね……」
アリシアの父親は根っからの平民なので、王の息子の義父になったからと言っても、親しげに話すのはなかなか難しいらしい。
「フェルと呼んでいただいて構いませんから。敬称もいりません」
「そ、そうですか? それではふぇ…フェル……」
「ぶっっ! やだなぁ、お父さん。恋人同士が初めて名前呼び合うんじゃないんだから照れないでよ!!」
「そりゃそうだなっ! 気色悪いわなぁ!!」
ワッハッハ!と豪快に笑う妃の父親に、使用人達もつられて笑い出した。
この親子は今日も愉快だ。




