4.
数日後チェネスキー侯爵邸へ行くと、ルッツァと厩番達のみならず、先日のガーデンパーティーで話をした貴婦人の何人かも来ていた。
「アリシア様、ごきげんよう。私達もアリシア様が本当に装蹄をするのか見てみたくて、無理を言ってルッツァ様にお願いをしたの」
「見学させて頂いてもよろしいでしょうか?」
みんな暇だなぁ。と言う心の声は漏らさないようにして「もちろんです」と答えると、アリシアは皆が見守る中でコッツウォルドの装蹄をしてみせる。
今日は装蹄をするのでもちろんドレスなんかじゃなくて、作業しやすいズボンを履いてきている。
今履いている蹄鉄を外して蹄を削り、コッツウォルドの蹄の形に合わせて持参してきた蹄鉄を微調整しようとすると、見ていた厩番の1人が「あのぅ……」と手を挙げた。
「どうしました?」
「あのっ……大公妃殿下、変わった形の蹄鉄ですがそちらは何ですか?」
アリシアが持参してきた蹄鉄は蹄鉄の両端に、橋のように鉄のプレートを渡してある形をしている。
「これは鉄橋蹄鉄って言うんです。こうやってプレートがあれば痛めている蹄底をガード出来るでしょう? たまたま挫跖になっただけなら治るまでの間この蹄鉄を付ければ良いんですが、コッツウォルドは蹄底が浅いので普段からこちらを履かせてみましょう」
「へえぇぇ!! なるほど、あらかじめ蹄底に異物が当たって傷めないようにするんですね」
「その通り! ちょっと蹄の手入れはしにくくなりますし蹄鉄が重くなってしまいますが、怪我をするよりはずっと良いですからね」
調整が終わり新しい蹄鉄を付けると、今度は厩番達に持ってきたオイルを見せる。
「これは蹄油って言うんです」
「蹄油……という事は、蹄に塗るのでしょうか?」
「そうです。オイルは動物性でも植物性でもどちらでもいいんですが、私が持ってきたのは馬油と蜜蝋が主原料のやつですね。乾燥が酷いと蹄が割れやすくなるのでこうして塗ってあげてください。ただし何時でも塗れば良いという訳ではなく雨が多い時などは逆に塗らない方がいいので、様子を見ながら使うように」
説明しながらコッツウォルドの蹄に蹄油を塗ると、みんなが声を上げた。
「まあ、蹄が光って見えるわ」
「そうでしょう? そうだ、このオイルはたてがみや尻尾にも使えるんですよ。そうだ、折角ですからあそこで放牧している子を手入れしてみましょうか」
コッツウォルドを装蹄する前から放牧されていたのできっとそろそろ馬房へ帰すはずだ。放牧場にいる馬をアリシアが指差すと、厩番が洗い場に連れて来てくれた。
いつもの通り手入れをして仕上げに蹄油を塗り、さらに乾いた布で身体をサッと拭きあげると再びみんなから歓声とため息が漏れた。
「すごいわ。磨けばこんなに艶やかな子になるのね」
「ええ、まるで別の馬みたい」
「ふふ、人間も丁寧に御手入れをすると美しくなるのと一緒ですよ。でも時間が掛かりすぎると馬も退屈しますので手早くやって下さい」
アリシアが厩番達に話しかけると頷き返してきた。
「お、俺、感動しました! こんな風に手入れをして貰っているからキシュベルの馬は、あんなに艶があって美しく見えるんですね」
「この子達ももう、キシュベルの馬ですよ。なのでキシュベル王国の名とこの地を治める大公様の名に恥じないよう、これからもっと精進して下さい。私でよければ何時でも相談に乗りますしお教えしますので」
「「「はいっ!!!」」」
「私……アリシア様の事を勘違いしておりましたわ。いえ、正直申し上げますと勘違いではなく侮っておりました。泥やホコリにまみれて仕事をしていた様な人に大公夫人など務まるはずがないと。私はとんだ大バカ者でしたわ」
「私もです。今日一日仕事ぶりを拝見させて頂いて、思わず惚れてしまいそうなくらいかっこよかったです、ねえ皆様?」
同意をするように皆から拍手が沸き起こった。
なにこれー?!
すっごく嬉しいし照れるけど、そんなに賞賛されるような人間じゃないのに。
「はは、お褒めいただいてとても嬉しいのですが、厩番としては良くても大公夫人としては落第点ですよ。気配り下手でおもてなしとか得意ではないですし、ダンスも上手くなければ勉学もまだまだで……。でも、大公様はそんな私でもパートナーとなって欲しいと言ってくださいましたので、せめて足でまといにはならないようにはなりたいと思っています。なので皆様にはぜひ、力を貸して頂けると嬉しいです」
「当然です。アリシア様はまだお若いんですから
、これからいくらでも学んでいけばよろいしいんですよ、ねえ?」
「そうですよ。それに実の所を申し上げますと、私達は元サダル人という事でキシュベル人からもっと嫌な扱いを受けるのだと思っておりました。アリシア様の様な方が大公妃として来て下さってよかったですわ」
そうか。属国から吸収されてひとつの国となったけど、確かに虐げられるかと思うよなぁ。
フェルディナンドも多くの人員を大公領へ連れて来たし、もともとサダルを取り仕切ってきた貴族たちは蔑ろにされるのではないかと戦々恐々としているみたいだった。
実際にはそんなことは無く、初めはキシュベルから連れて来た人員を中心にして回していた行政を、最近では元サダルの人にも配分するようになってきている。
恐らくフェルディナンドはしばらく様子見をしていて、誰が使える人員なのかを見極めていたのだろう。
さらにキシュベル人が元サダルの民を奴隷扱いしたり、不当な扱いを受けたりしないように気を配っている。
アリシアがフェルディナンドに初めて会った時、男物を服を着ている事について「合理的だ」とすぐに納得していたように、フェルディナンドは理にかなう事であればすんなりと受け入れる人だ。きっと使える人であれば、それがキシュベル人であろうが元サダル人なのだろうが彼にはどうでもいい事なのだろう。
「私のことをそんな風に仰って頂けるなら、大公様の事も信頼に値するかと思います。大公様はその人がどんな人なのか職業や身分、そして人種に関係なく公平に見てくれる御方ですから」
「……あぁ、だから今、アリシア様が大公様のパートナーとして居る。という事ですね?」
あー、顔が熱い。自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。頷き返すと貴婦人方たちが目を輝かせ始めた。
「素敵だわ……!!」
「信頼し合っているのですね」
とりあえずこの方達とは上手くやって行けそうだと、ほっとした所でルッツァの方を向いて話しかけた。
「それで……全然話が変わるのですが……」
「何ですか、アリシア様?」
「この馬すっごく綺麗な色合いしてますねぇ……馬体が黒でたてがみと尻尾が白なんて初めて見ました。この毛の色って子供も受け継ぐんですかね? 」
「さ、さぁ……。どうでしょう?」
「それによく見たら股ぐらに立派なブツが付いてるじゃないですか……!!! はぁ……なんて美しいのかしら……もうこれは実際に種付けして確かめてみるしか無いですね……」
「え? たっ、種付け……?! ブツ……?!」
貴婦人方が急に顔を真っ赤にしてマゴマゴし始めた。
目を丸くしているルッツァの手を握りしめて更にグイグイと念押しをしていく。
「今回の装蹄料の代わりと言いますか、春になったらこの子でちょっと一発、うちの牝馬に種付けして貰えませんかね? ……ねっ?!!」
「えっ?! えぇ……??」
「アリシアさまー、その辺にしておいて下さい。皆さんどん引きしてますから」
ずっと近くで黙って見ていた護衛のヴァルテルが、アリシアをルッツァから引き剥がした。
「ヴァルテル離して! 2頭目以降の種付け料はちゃんとお支払いしますから……!ちょ、ちょっと今大事な話を……っ!!」
「ははは、皆様失礼致しました。アリシア様も無礼をお許し下さいねー」
ヴァルテルに口元を押さえつけられてフガフガしていると、皆がいっせいに笑いだした。
「アリシア様とはこれからも末永く、いい関係が築けそうだわ」
次回、もう1つ番外編のお話しを投稿しますー(,,・ω・,,)




