エピローグ
「ムリムリムリムリ!!!!」
「何言ってますのアリシア? 往生際の悪い」
「だって聞いてなかったもん!」
地面にめり込みそうな勢いでその場に突っ伏して駄々をこねるアリシアを、ハンナと王太子夫婦がクスクスと笑いながら見ている。
ぜっ、絶対にみんな楽しんでる……!!!
何故アリシアがこんなにも喚いているかと言えば、昨日の婚約式で国王陛下から聞かされた衝撃発言のせい。
婚約式自体はつつがなく終わった。
王宮のすぐ近くにある大聖堂でフェルディナンドの4番目のお兄さんが司祭として取り仕切ってくれて、アリシアの父と兄、そして国王夫婦と王太子夫婦が見守る中、婚約の証として指輪をはめられた。
その指輪に付いていた石はアリシアがかつてフェルディナンドに貰った髪留めに使われていたのと同じ赤い石で、まあ、私の指には似合いませんよ。
そんな事はどうでもいい。
これまで着たこともない様な豪華で繊細なドレスやら何やらで飾り立てられて、慣れないお淑やかな仕草から開放されるー、あー、終わったー。と思ったら、国王陛下が大事な話があるって言うんですよ。
まず1つ目は、フェルディナンドに紅の騎士の称号が与えられるという事。
これにはフムフム、やっぱりね。と言う感想しか湧かない。軍部や王宮のみならず、街中でも30年振りに紅の騎士が誕生することは間違いない!との噂で持ち切りだった。
そして2つ目。シフィドニア公爵が治めていた領土について。これは領地を持っていなかった2番目と3番目の王子で分けられる事になったらしい。領主になれて良かったですねぇ。パチパチ〜。
問題は3つ目。王を失い属国から完全にキシュベル王国の領土となったあの地をどうするか。
そして新たに家庭を持ち独立するフェルディナンドの爵位をどうするか。
その答えはこうだ。
フェルディナンドに「大公」の爵位を授け、元サダルの地を領地として治める事。
大公? いや、何ですかそれ。
この国のいちばん高い爵位は公爵。更にその上の爵位を新たに設けようと言うのだ。
元サダル王国領はキシュベルよりも2回り小さいとはいえかなりの広さがある。それをフェルディナンド1人で全て見ると言うのは目端がききにくい上、資源豊富な土地柄、他国からも狙われやすい。
そうすると公爵や侯爵の様に、一部の領地を伯爵以下の貴族に分割統治して貰えばいい。という事になるのだがここでもう1つ。サダルに元々いた貴族について。
元サダル国民の感情を考えて、元サダルの貴族は降格や取り潰しなどは多々あるものの、そのまま存続させるという事になった。
手っ取り早く体制を整えるために、元サダルを治めていた領主に引き続きその地を治めてもらおうと言うのだが、公爵や侯爵の領地と言うのは互いに領地が重ならない。
仮にフェルディナンドが公爵になると他の公爵領や侯爵領と重なってしまうのだ。
特例として認めちゃえば良いじゃん。とかアリシアの凡庸な頭では思ってしまうのだけど、そうはいかないらしいのですよ。
フェルディナンドの方が上ですよーって事を元サダル貴族の皆さんや、アリシアの様な平々凡々とした脳みそしか持たない人間にもきちんと分からせるために、新たに「大公」と言う爵位を儲けるんだとさ。
もうお分かり頂けただろうか。
私、アリシアは大公爵夫人になる訳だけれど……。
それってつまりさぁ、一国を治めるレベルでは?
私としては、ホニャララ爵夫人になっても領主夫人になる心づもりなんて無かったから、多少家内の事をやらなきゃいけないにしても、軍部で働く夫を支えるくらいにしか考えていなかったのよ。
なんならフェルディナンドの事だから、軍部で引き続き働く事を良しとしてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたのに……。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。大公領に行く前にわたくしがみーーっちり仕込んであげるから」
ほほほ、と王太子妃が口元に扇をあてて笑っている。こ、怖いです……
揺らぐ元サダルの地を、領主不在で長く空けておく訳にはいかない。こういう時が1番他国から狙われやすいので、婚約式が終わって早々にフェルディナンドは領地入りすることになった。
一方のアリシアはと言うとただの平民だったので、これから貴族の子女達が普通教えてこられる教育を施され、行儀作法も身に付けなければならない。
領地へ行く前に王宮で王太子妃監修の元、様々な家庭教師を付けられしごかれる訳だけど、その期間はなんと半年。短すぎやしませんか?詰め込むにも程がある。
何故にこんなに急ぐのかと言えば、早く結婚して地盤を固めさせるため。
必要最低限のマナーだけでも仕込んでおいて、後は結婚してから学んでいけばいい、と言う事ですと。
もう泣きたい……。
「アリシア、まだそんな所でグズグズやってるのか? いい加減腹をくくれ」
出発の準備を終えたフェルディナンドが馬車の所へやって来た。
「フェル様、やっぱり私にはムリですよぉ。荷が重すぎます」
「荷が重いと言うなら持たなくていい。これまで通り自由気ままにやればいいさ」
「そんな訳には……あっ、こう言うのはどうでしょう? 他国には側妃って言う制度があるらしいですよ。私はフェル様の側に居られればそれでいいので、側妃ってやつにして后は他の人に……うぐっ!!」
唇を唇で塞がれて悶絶していると、ようやく離してくれたフェルディナンドが恐ろしいまでの笑顔で迫ってきた。
「それ以上ふざけたこと言ってると、もう一度その口塞ぐぞ」
「ご、ごめんなさい……」
公衆の面前でキスするのとかやめて頂きたい。
フェルディナンドが帰還して厩舎でのあの一件の時も、公衆の面前でやらかしたのだ。
すっかり2人の世界に入り込んでしまっていたけど、周りから指笛と拍手喝采を浴びて我に返ったときには、この世から消えてなくなりたいと思ったくらい恥ずかしかった。
「こほんっ、大公殿下そろそろ出立のお時間ですが宜しいでしょうか?」
「分かった。アリシア、クルメルを頼んだ。半年後、お前とクルメルが来るのを待っている」
「分かりました」
フェルディナンドが所有する馬10頭のうち、クルメルだけはアリシアと一緒に領地入りする事になった。領地に入ってしまうと業務に忙殺されてフェルディナンドがクルメルの世話を見れないと言うのと、装蹄が出来ないから。
アリシアが現れる以前にクルメルの装蹄が出来ていたのは、腕の立つ装蹄師長が命懸けで装蹄を施していたからで、そんな人は恐らく他に居ない。
「フェル様、手を貸して頂けますか」
「ん?」
深い傷を受け、肘より下は僅かにしか動かなくなってしまった左腕。アリシアはその手首に赤いリボンを結んだ。
「リハビリも頑張ってください」
「ああ、お前が来る頃にはもう少し動かせるようにしておこう」
結んだのはアリシアが普段付けていた髪紐。
フェルディナンドに髪留めを貰ってからというもの、赤い石がはめ込まれた髪留めに合わせて赤いリボンで毛先を結んでいた。
「フェル、元気でな。結婚式の日にまた会おう」
「アリシアの事はわたくしに任せておいて。次に会う時までには立派なレディに仕上げておくわ」
「フェルおじ様、あんまり無理しないでね」
フェルディナンドは王太子夫婦とハンナに別れを告げ、最後にアリシアの頬にキスをすると馬車へと乗り込んだ。
馬車列の最後尾が見えなくなるまで皆で見送ると、アリシアはパンッと自分と頬をたたいて気合を入れた。
「よーし、頑張るぞーっ!」
「アリシア! そんな言葉使いいけませんわ。「さあ頑張りましょう」とか「これから一生懸命精進致しましょう」とかじゃないと」
「ふふふっ、ハンナはアリシアの先生みたいね」
「あらお母様! 名案ですわ。アリシア、わたくしのこと今日から「師匠」と呼んで弟子入りしても良いわよ?」
ハンナがフェルディナンドと良く似た意地の悪い笑顔を向けてきた。叔父が叔父なら姪も姪だ。
「ハンナさまぁーーー!」
とっ捕まえようとするアリシアの手を逃れ、ハンナが走って逃げだした。
ぎゃあぎゃあやっているアリシアと娘を見ながら王太子夫婦は互いに顔を見合わせて笑い合う。
「あらあら、あれじゃあ2人とも淑女失格ね」
「ハンナもまだまだ教育しがいがありそうだ」
翌年の夏の初め。フェルディナンド第6王子が治める大公領に一人の娘が嫁入りした。
元平民であるどころか誰の子かすら分からないその夫人は、城内に馬の繁殖牧場を設け、城へやってくる馬の馬主に「ちょっと子種を頂けませんか」と持ちかけて来るのだと、ここ最近の社交界ではもっぱらの噂だと言う。
おわり
これで本編は完結となります。ここまで読んで頂きありがとうございました(,,・ω・,,)
この後、後日談を番外編として投稿しようと思っていますのでこちらも読んでいただけると嬉しいです。




