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【電子書籍化】騎士様と厩番  作者: 市川 ありみ
最終章 救われた者とそうでなかった者
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別れた明暗

 敵の伝令よりも早く情報がこちらへ伝わってきてくれた事が幸いした。己の勝利を確信しているシフィドニア公爵の城へ攻め込むのは造作の無いことだった。


 戦時においては情報の早さが物を言う。もし敵の伝令の方が早く劣勢の情報が公爵に伝わっていたら、抵抗されたり或いは抜け道を使って逃亡の恐れもあった。



 アリシアの馬の采配による勝利だな。


 

 馬は生き物。走らせれば当然疲れるし、途中で休憩や睡眠が必要になる。なるべく早く情報を伝えるためにどうするかと言うと、予め各地に伝令用の馬が用意されており、人と馬とを交代してリレーの様に繋いでいくことで、最初から最後まで同じ人と馬を使うよりもずっと早く伝える事が出来るのだ。


 以前からアリシアに、軍部にいる馬の適正な配置を随時し直してもらっている。馬車を轢くよりも伝令に使った方が良かったり、伝令よりも常用の方が良かったり……。

 昔、陛下に適材適所と言っていたのは嘘ではなかった。あれこれと入れ替えをしたり調教し直す事で随分と効率が上がった。


 各地に置く伝令用の馬も見直しておいた甲斐が有ったと言うもの。



 フェルディナンドは遠くに居るアリシアの顔を思い出しながら、城主の居る部屋へと足を踏み入れた。





「シフィドニア公ヴェンツェル。キシュベル王国国王の名において、お前を謀反人として捕らえるよう命令が下っている」


「何を馬鹿なことを! 謀反など起こす訳がないだろう?! ヴェンツェル家だぞ? 長く王家に仕えてきた我が一族への侮辱だ!!」


 後ろ手に捕らえられ喉元に剣を突き付けられたラースロー・ヴェンツェルは、唾を撒き散らしながら怒鳴り声をあげた。その後ろでは妻と実質的に領地を管理していた息子、その家族達が青ざめた顔をして震えていた。


「それなら何故、王宮に軍を差し向けたのでしょう。先程シフィドニア公の軍と、そして買収された地方軍が王領に踏み込んだとの伝令が参りました。……非常に残念です。まさかサダル王国を味方に付けるとは、一体どのような取引をしたのですか?」


「何故サダルの事まで……?! 」


「サダルの王家が所有する鉱山からの鉄の仕入れ、そしてサダルから大量の馬を仕入れておりましたね」


「そんな……っ! 怪しまれないように何通りものルートを使い、わざわざ遠回りまでさせてきたんだぞ?!完璧……完璧だったのに……一体どこから計画が漏れたのだ?! 誰が漏らしたんだっ?!!」


「御安心ください。裏切り者はおりませんよ。ただ貴方もまさか、通りすがりの馬の顔を逐一記憶している人間がいるなんて夢にも思わなかったでしょう」


「馬の顔……?」


「話は牢の中でゆっくりと聞かせて頂きましょう。連れて行け」


 なおも怒鳴り散らしているラースローは、半ばズルズルと引き摺られるようにして連れ出されて行った。


 家の中を隅々まで調べ、サダルの王と交わしていたと見られる手紙を見つけた。更に公爵自らの自供によって5男(あに)の裏切りが決定的な物となった。


 公爵が無事に王を倒し自らがキシュベルの王となった暁には、サダルの属国化を解くとの約束だった。



 最低限の兵だけシフィドニア公の城に残し、フェルディナンドは軍を更にサダル王国の王城へと進めて行った。途中で地方軍と追っかけでやってきた中央軍と合流して軍を整え、国境を跨ごうとした所でこの地を治める侯爵家の抵抗にあったが難なく突破した。


 サダルに駐在するキシュベルの兵には既に命令が下っており、内側からも外側からも攻撃されてしまってはあちらは為す術もないだろう。


 王城に入る前には流石にこれ迄よりも激しい抵抗に合った。ただ、馬と鉄の多くをシフィドニア公に流していた為に多くの力を削がれ、陥落させるまでにそう時間はかからなかった。

 城門を抜けて城の中へ続く道を敵兵を薙ぎ倒しながら進んでいくと、突如として攻撃がやんだ。



「フェル、久しぶりだね」



 サダルの王がどこにいるのかと探すまでもなく、兄は自分の方からフェルディナンドの前へと現れた。


 その顔は怯える風でも怒る風でもなく、かつてフェルディナンドが見ていた落ち着いて物静かな兄だった。


「エルネスト兄上、私がここに居る理由はお分かりですね」


「もちろんだよ。父上の……キシュベル国王陛下の名代だろう?」


「何故、と聞いたら答えてくださいますか?」


「何故、か……。ねえフェル、父上と母上は何で7人も子をもうけたんだろうね?次男か三男が生まれたくらいで終わりにしてくれたらのに良かったのに」



 ああ、この人もなのか――。



 その一言で、兄が何を言いたいのか全て悟った。


「サダルの王として迎え入れられると決まった時には、やっと……やっと僕を必要として貰えるんだと思ったんだよ。次男や三男の様に秀でた頭脳もなく、お前のように武術にも長けていない。かと言って四男の様に自分の生きたいように生きて行くために家や地位、全てを捨てる事も出来ない。何も無く中途半端な僕がやっと役に立てるんだと、そう思ったのさ」


 話を続ける兄の目はがらんどうで、こちらを見ているようで見ていない。

 自分の後ろに控えている兵達は、武器を構えたままサダル王の話を黙って聞いている。


「でも現実はそう甘くないね。それはそうだよね。敵も同然の人間を、王として素直に受け入れてくれる筈もなかった。僕は僕なりにこの国の民の事を哀れんではいたし、もっといい国にしたいとも思ったのだけれど……長兄や、或いはお前みたいな人を惹き付けられるような魅力を持つ人間だったのなら結果は違っていたのかもしれない」


「7人もの子をもうけたのは、父上と母上はおしどり夫婦だから……でしょうか」


「ふふっ、そうだね。あのお2人はきっと、愛する人の子を沢山残したかった。そういう事なんだろうね。僕はここへ来て7年も経つけど、王妃との間に子の1人も生まれなかったよ」



 もしこの人に、自分にとってのアリシアの様な存在が居たら、

 もしこの人と、王妃との関係が上手くいっていたら、

 もし自分と長兄の様に、互いの本音を話す機会があったなら、



 何か変わっていたのだろうか?



 たらればの話をしてももう遅い。


 既に事は起きてしまった。



「一か八か。出来損ないの僕でももしかしたら、なんて思ってね、シフィドニア公の提案に乗ってみたんだけど……そう上手くは行かないものだ」


 サダル王が重く長いため息を付いたところでフェルディナンドが控えていた兵に指示を出そうとすると、兄は静止を促すように手を挙げた。


「フェル、兄弟にかける情けとして、僕に死に場所をくれないか?」


 意図を読めずに兄の顔を見つめると、空洞だった瞳に一瞬だけ炎をみた気がした。


「僕も騎馬国と名高いキシュベルの子。それならせめて死ぬ時は馬上で死にたい。一騎打ちをして欲しい」


「フェルディナンド准将、いけません。即刻捉えるべきです」


 側にいたヴァルテルがサダル王の要求を直ぐに否定した。


「もし私が勝ったら、無抵抗で降伏して下さるのですか?」


「准将!!」


 一騎打ちなどしなくても、サダル王を捕らえることは恐らく可能だ。ただし、周りにいるサダル兵は当然王と国とを守る為に全力で抵抗するだろう。そうなればこちらも無傷という訳にはいかない。


「もちろんだよ。皆の者! 今の言葉を聞いていたであろう? 万が一私が敗れたら全員武器を捨て降伏せよ! ……それからフェル、厚かましいことは分かっては居るけれど、サダル人の処遇はどうか穏便に済ませて欲しい」


「まるで自分が負ける事が確定しているみたいな言い方ですね」


 返事の代わりに力なく笑い返してくると、サダル王は連れてこられた馬に跨り騎槍を手に持った。

 

「手を出すなよ」


「御意」


 ヴァルテルの短い返答を聞いてフェルディナンドもクルメルに騎乗し直すと、騎槍を手に前に出た。


 戦いの邪魔にならないように兵達は大きく場所を空けている。


 フェルディナンドは左手首に巻き付けていたリボンに軽く唇で触れると、槍を握り直して兄に問い掛ける。


「エルネスト兄上、馬の上では兄弟の情けは無用です。全力で殺しに行きます」

 

「勿論だ」



 もう誰にも止められない。


 時間を巻き戻すことが出来たらどんなに良いだろう。


 それでも、父と、そして長兄にも誓った。

 2人がつつがなく国を治められるよう、自分が最前線に立つのだと。



 互いの目線と呼吸が合い、殺し合いの火蓋が切られた。騎槍の先を真っ直ぐに兄に向け、クルメルに駆け足発進の合図を出すと間髪入れずに走り出した。


 駆け出したその刹那、ヒュッと言う空気を斬るような短い音が聞こえた。


 反射的に騎槍で飛んできた矢を打ち払い、続いて飛んできた矢もいなすと既に兄は自分の間近へと迫っていた。



 ――こう言う作戦だったのか。



 胸元を狙ってきた槍の先を既のところで僅かにかわし、鋭利な切っ先はフェルディナンドの左上腕を貫いた。


 周りではキシュベル兵が矢を射ったサダル兵を捕まえようと乱闘騒ぎになっている。



 痛い、という感覚はもうよく分からない。



 ただ、鎧の上から兄の胸元を貫いた感覚だけが右手に残る。


 クルメルを素早く方向転換させると、後ろ姿の兄は胸に長い騎槍が刺さったまま馬を停止させ動かなくなっていた。


 下馬して駆け寄ると、馬から崩れ落ちようとする兄を片腕で受け止めた。


「この様な事で、私が怯むと思いましたか」


 虚ろな目でフェルディナンドを見返す兄は、困ったような顔をして笑いを浮かべた。


「ふっ……僕は一応無理だって言ったんだよ。弟は10年も最前線で戦ってきた武人なんだ……矢の一つや二つでは動じないってね」


「例えこれで兄上が勝てたとしても、卑怯な王として後世まで残る事になるのですよ」


「仕方ないだろ……他に策は無かった……。追い詰められたネズミは、こんな事くらいでしか猫に噛みつけないんだよ」


 兄の頬にこぼれ落ちる水滴は、兄自身のものなのかそれとも自分のものなのか――。


自分と良く似た青色の瞳を閉じると、兄は小さな声で呟いた。


「もう疲れた……。おやすみ、フェル。サダルの民をたのん……だ……」



 それきり兄が再び目を開けることは無かった。






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