アリシアは王宮の厩番
王家に次ぐ、いや匹敵する力を持つのがヴェンツェル家。王領の次に広大な領土を持ち、多くの貴族からの支持を得ている。
エステルハージ家とキシュベル王国その物を支えてもらい、共に歩んできた一族だったが、遂に牙を剥いたのか。
むしろ、遅いくらいだったのかもしれない。
これまで強大な力を持っていながら王家に仕えて来てくれたのは一重に、忠誠心からだったとしか言いようがない。
フェルディナンドも何度か現当主のラースローに会ったことがあるが、野心家と言う印象が強い。サダルと言う後ろ盾を得て事に踏み切ることにしたのだろう。
大量の武器と馬。
今、シフィドニア公に問いただしたところで幾らでもシラを切れる。どこへ進軍するつもりなのかなんて、どうにでも言う事は出来るのだから。
それなら待つしかない。
王宮へ攻め入って来るのを。
もちろん相手に悟られないよう万全の体制を整えて。
国王陛下とは既に連絡をとってある。
恐らく敵は冬になる前に攻めてくる。何故なら馬が牛舎に居るから。牛を放牧から牛舎へ戻す冬になる前に事を起こすのは間違いない。
この1、2ヶ月の内には絶対に。
軍本部を応戦体制に整えてもらい、さらに念の為地方軍はシフィドニア公の領地とは全く別の場所にいる者を動かせるようにした。
考えたくは無いが、シフィドニア公の領地にいる地方軍が買収されている可能性も考慮に入れておく必要がある。事に及ぶ時にはシフィドニア公の軍に地方軍も味方して加わるかもしれない。
そしてフェルディナンドは今、王宮軍部からの連絡をシフィドニア公の城にほど近い場所でまっている。
普段王宮務めをしているラースローは領地のことは息子達に任せて王都に別邸を構えて住んでいるが、数年に1度はこの城へ帰ってきている。
今回もいつものように城へ帰る体で休暇を取ったのだろう。10日ほど前に自分の城へと入っていくラースローを確認している。
そしてその数日後には、大量の馬達が領地を出ていく所を見張っていた兵が確認した。
その行先は王都。
戦火に見舞われる事になるかもしれない王宮へアリシアを返すのは気が引けたし、何処か安全な場所へ行ってもらおうかとも考えた。
それでも彼女は王宮軍部の厩番。
その職務にプライドを持っていることは十分に知っている。
今が一番、アリシアの様な有能な厩番が必要とされる時だ。上手く馬の采配とコンディションを整えてサポートしてくれるだろう。
「フェルディナンド准将、王宮本部からの伝令です。王領にシフィドニア公軍が攻め込んで来ました。直ちにシフィドニア公ヴェンツェルを捕らえるように、との事です」
「分かった。あちらの戦況は?」
「こちらが応戦体制を整えているとは思っていなかったのでしょう。取り囲まれて混乱しております。王都まで踏み入れさせることなく、数日とかからずに鎮圧できそうです」
「そうか。という事は、その知らせを聞いている今この時には鎮圧完了済み、という事だな。
顔馴染みの伝令使がニィっと口元を歪ませてみせた。
「恐らく。直ぐに次の伝令使がいい報せを持ってやって来るでしょう」
「それならこちらも動くとしよう」
フェルディナンドは懐から取り出した深緑色のリボンを手首に結ぶと、待機している兵に号令を掛けて、シフィドニア公の居る城へと向かった。
***
通りで先に王宮へ帰るようにと言った訳だ。
フェルディナンドに王宮へ帰るように言われて帰ってきてみたら、何だか軍部の上層部がおかしい。
傍目からみたらいつもと同じように見えるのかも知らないが、普段からここで働いているアリシアには何かがいつもと違う気がした。
もちろん軍部ではいつ何があっても良いように準備はされているけれど……平時を装って水面下で兵や馬を動かそうとしている。
他国から攻められそうなのかな?
それでもこっそりやる意味が分からない。この前から分からない事だらけで気持ち悪くなってきた。考えるのはやめよう。
アリシアはなんと言っても一使用人。使用者から言われた事をやるしかない。フェルディナンドの意図を汲むのならきっと、厩番としての仕事をしっかりとしろ。という事なのだろう。
黙々と仕事をこなしてフェルディナンドとヴァルテルが帰ってくるのを待っていると、軍部のみならず王宮全てに「謀反」の報せが飛び交った。
それも、この前までアリシアがいたシフィドニア公爵の。
2週間くらい前に多くの兵たちがどこかへ向かって行軍して行ったけれど、どうやらシフィドニア公が自分の領地へ戻って行ったのを見計らっての事だったようだ。
更に兵と馬達が王宮から出ていってしまったのを見送ると、アリシアは普段よりもずっと寂しくなってしまった厩舎に立ち尽くした。
――どうか、みんな無事に帰ってきますように。




