小突いてやりたいその頭
最終章に入りました! 今週中には完結出来るかと思いますので、もう少しだけお付き合いください(,,・ω・,,)
人の気も知らないで……。
クルメルと相乗りして前に乗っているアリシアの頭を、何度小突いてやろうかと思ったことか。
アリシアの髪は、以前フェルディナンドがあげた髪留めでハーフアップに纏められていた。
髪留めのデザインの意味に気付いているのかいないのか、それすらも分からない。
距離を縮めたい。縛り付けてしまいたい。
その衝動を幾度となく堪えてきた。
アリシアという名のじゃじゃ馬を乗りこなすには、力で捩じ伏せて服従させるのではいけない。もっと自由に走らせて、それでいて自然と自分の方へと駆け寄ってきてくれるようにしなければ。
軍にやってきた当初はアリシアの事を見くびり除け者にしていた者たちも、最近では彼女の仕事ぶりと人となりに敬意を示すようになってきた。
それだけならまだしも、父親が旦那探しに娘を軍部へ送り込んだ。と言ううわさ話はすでに広がっており、嫁に欲しいと思う男も出てきたようだ。
アリシアを見る目が変わったことに、当の本人は全く気付いていない。
視察の話が出て長く王宮を離れなければならないと決まった時には随分と焦った。
自分がいない間に、アリシアを誰かに取られたら……。
良からぬ妄想が頭を占めて、このままだと仕事に支障が出るかもしれない。そんな時、以前から調べさせていたフィンダスの出処が分かり、しかもそれがサダルの国内に浮かぶ島だと知った時には歓喜した。
王もフィンダスの様な歩様をする馬を増やせるのかどうか気になっているみたいで、アリシアを視察中の馬の世話係として捩じ込むのは容易かった。
旅に同行させても一向に関係は変わらず、玉砕覚悟でもう一度プロポーズしてしまおうかと何度も悩んだ。
シフィドニア公の城近くの街で、アリシアが「話がある」と言ってきたが、あれは何だったのだろう? 職業病で話し相手に目を合わせていても、周りの様子を伺う癖がついてしまっていたせいで、スリ現場に気付いてしまった。
犯罪者を捕まえたのは良かったものの、その後アリシアに話とは何だったのかと聞いても、「やっぱり今度にします」と言って結局教えて貰えなかった。
色々と気になる事はありつつも、アリシアを王宮へと先に返す事にした。
理由は、戦争になるかもしれないから。
アリシアが馬の顔を覚えていたお陰で、シフィドニア公の陰謀に早く気づくことが出来た。
まず本当に公爵に企みがあるのかどうかを確かめるために、牛牧場でアリシアに馬の買い付けをして来るように頼んだ。自分やヴァルテルが演技をして買い付けに行くよりも、何も知らないアリシアがやった方が怪しまれることなく自然に調べられると思ったから。
案の定、馬を1頭も売って貰えなかったどころか、牧場主は売れば「首を跳ねられる」とまで言っていたという。
恐らくシフィドニア公は王に戦をかける為、しかも不意打ちで挑もうとしていたのだろう。馬を領地内に集めて進軍の準備をしていた。
そして戦に必要なもうひとつの物――武器。
武器を作るための鉄をどこからかき集めてきたのか。公爵の領地内にも小さな鉱山があるものの、ほかと比べれば大した産出量はない。それならどこから大量の鉄を仕入れてきたのかと言えば、サダル王国からだった。
それも、アリシアの記憶ではサダル王家の所有する鉱山からやって来た荷馬車に積まれて。
まさかすれ違っただけの馬の顔など覚えている訳がないと思ったが、馬のことに関してはアリシアを常人と一緒にしてはいけない。
王宮全ての厩舎に自由に出入り出来るようになった今では、アリシアは王宮内で飼われている全ての馬にとどまらず、王宮に出入りしている馬の顔と名前まで覚えている。
それにヴァルテルと自分では気付かなかった、牛舎の中に馬が居ると言う事実まで嗅ぎつけている。
アリシアに馬を確認してもらい、後からその荷の中身が何なのかを気付かれないように確認しに行ったところ、全て鉄だった。サダルで武器を製造する事は監視されており難しいので、鉄を仕入れて公爵の領地内で加工・製造していたようだ。
領地内の事はほぼ全てを領主に一任している。どの領地でどれ程の武器が作られているかなど、領主なら隠そうと思えばいくらでも隠せる。
シフィドニア公のバックにサダルの王が付いている。
5男が裏切ったのか――。
王妃が独断でしていた可能性もあるが、夫に気付かれずにこんな大それた事をするのには無理がある。夫がキシュベルの王族出身となれば尚更。
他のサダルの王族がやった可能性も無きにしも非ずだが、一番最悪な事態を想定しなければならない。
現在のシフィドニア公爵はラースロー・ヴェンツェル。
公爵領を分割統治するのはヴェンツェル一族の出身か、古くからこの一族に忠誠を誓い仕えている貴族達だ。
ヴェンツェル家が公爵の位を賜ったのは、キシュベルが建国されてまだ間もない、領土を広げる為の戦を繰り広げていた頃に遡る。戦で大きな戦果を勝ち取った事もあるが、それよりも馬具の改良と提供による事が大きかったらしい。
当時から卓越した騎乗技術をもつキシュベル人は恐れられていたが、それでも元からいた他国に苦戦を強いられることは度々あった。なかなか領土の拡大を謀ることができないキシュベルに新しい馬具を開発し、提供したのがヴェンツェル家。
昔は鞍に鐙は付いておらず、代わりにロープの先端を輪っか状に結んだだけのものにつま先を引っ掛けて、馬の背に乗っかっていた。
ただ馬に乗って移動する為だけならそれだけでも十分なのだか、このロープはただ楽な姿勢で乗るためのものであって、馬上で踏ん張ることは出来ない。騎乗の際には馬の脇腹を足で締め付けて乗っていたようで、武器を振り戦うとなるとどうしても身体が不安定になる。
そこで出来たのが、ヴェンツェル家が生み出した鐙という馬具。
今でこそどこの国でも鐙が付いた鞍を装着するようになったが、当時は画期的な馬具だった。
鐙の登場によって馬上で武器を使う事が容易になり、より高い戦闘力を得ることが出来たキシュベルは物凄い勢いで領土を拡大したのだと言う。




