訳が分からない事ばかり
「これで良いですか?」
「良さそうだな。それじゃああそこの牧場に行って、馬を好きなだけ買ってこい」
「はい?」
「親父さんの牧場から買い付けに来たとでも言えばいい。ただし、女だと怪しまれるから男のフリをしてな」
「好きなだけって……」
「金ならいくらでも支払ってやるから、買えるけ買っていい。もちろん買った馬はお前の好きにしていい」
そんな上手い話があるの?! 新手の詐欺にでもあっているみたいなんですけど。
アリシアが訝しげな顔をしながらフェルディナンドを見ていると「行ってこい」と背中を押された。
「アリシアちゃん大丈夫だよ、行っておいで」
「わ、分かりました。本当に全頭買ってきちゃいますよ!」
「OK」とハンドサインを出されて、言われた通り牧場の中へと入って、牧場主らしきおじさんに話しかけてみた。
「おじさん、ちょっといい?」
「んんー? なんだい?」
「俺、王都近くのケレティ牧場の息子でアベルって言う者ですけど」
義理兄ごめん、名前を貸してもらいます。
「ケレティ牧場……ああ! 良馬の輩出が多い事で有名なあの馬牧場か」
「うちの牧場知ってるんですね、嬉しいなぁ」
まさかこんな所までうちの牧場の名が轟いているとは……!帰ったらお父さんに報告しよう。
「それで、馬牧場の倅が牛牧場に何の用だい?」
「別の要件でここを通ったんだけど、馬が見えてね。それも良さそうな馬ばかり。ちょっと売ってもらえないかと思ってさ」
「あぁ、悪いけど他を当たってくれ。この馬は売れないんだ」
「他に売り先でもあるんですか? それならその買い手の額より3割増しにするんでっ! うちから馬を買いたいって客が後を絶たなくて、少し生産量を増やしたいんだよ」
売れないなんてそんなハズない。冬にはこの牛舎を空にしなきゃならないんだろうし、しかも3割増!
「お願いします!」と手を合わせると、おじさんは困った様に首を横に振った。
「正直、そんな割増額で買ってくれるなんて美味しい話ではあるんだけどね……。絶対にこの馬は売れないのさ。じゃなきゃ俺の首が飛んじまう」
「……? 首が飛ぶ?」
「あー、いや。こっちの話さ。とにかくこの馬達は売れない。多分この辺りの馬はどこもそうさ。諦めて他の領地の牧場を当たんな」
そんなァ……。
結局1頭も買えなかった。ただで大量の馬をゲットするチャンスだったのに。
とぼとぼとフェルディナンドとヴァルテルのいる所まで戻ると、さっきのおじさんとの会話を報告した。
「そんな訳で、全く売ってくれませんでした」
「やっぱりな」
やっ、やっぱりだとー?!
コイツ、売ってくれないと知っていて買い付けに行かせたなーーー!
アリシアがギリギリと歯噛みをしていると、今度はもう一度、公爵の居住する城にほど近いあの街へと戻ると言い出した。
着替え直す時間も勿体ないとそのままの格好で馬に乗せられて、来た道を辿って街へと引き返して行く。
「それで、今度は何ですか?」
馬を厩舎に預けて街中へと入るところで、フェルディナンドに聞いてみた。
「サダルの王家が所有する鉱山で見かけた馬がいたら教えてくれ」
「はぁ、そんな事ですか。それなら早速ですけど、あそこの荷馬車2台は多分そうですよ。あとあっちの道を通り過ぎて行った荷馬車も」
「アリシアちゃんの記憶力ヤバ……」
さらに街中を連れ回されて、鉱山で見た馬、正確にはその荷がどこで降ろされているのかを、ヴァルテルがどんどんメモしていく。
一通り街を見終えると馬を預けておいた宿で待機している様に言われた。
いい加減何なのかタネ明かしをして欲しいところだが、2人が真剣な顔をしているので聞くに聞けない。ただならぬ事が起きているっぽいけど、アリシアの様な凡人が聞いてはいけなそうだ。
翌日、用があると言う2人は街へと出かけて行った。
よく分かんないけどアリシアに出来ることはただ一つ。何があっても良いように、馬のコンディションを最良の状態に整えておく事。
宿の厩舎で金床を借りられたので、同じく宿に取り残されたバームス達に装蹄を施すことにした。
3日後、フェルディナンドが地方軍の大尉だと言う男性を宿に連れて来た。フェルディナンドとヴァルテルはここでする事が出来たので、先にその大尉と一緒に王宮へ帰るようにと言われた。
何も分からないままバームスに乗り、最短のルートを通って王宮へと帰ってきたアリシアは、数週間後、シフィドニア公の謀反の知らせを耳にした。




