アリシアの馬センサー
意を決して、すぅっと息を吸い込むと、少し前を歩くフェルディナンドの袖をちょんちょんと引っ張った。
「あ...アドリアン様、少しお話を良いですか?」
「うん?」
「あー、えーと、そのー……」
ヤバい。
タイミングを気にし過ぎて、何をどう伝えれば良いのかまで考えてなかった。
「ずっと前の結婚の話ですが……」って過去の話をほじくり返す? それとも「私も好きです」ってストレートに言う?
頭の中が沸騰直前で何も考えられない。
「どうした? 顔が赤いぞ。疲れたんなら何処かで休むか」
「疲れてないです!そうではなくて……その……」
じっと見つめ返してくるフェルディナンドの瞳から目を逸らせない。
えぇいっ! ここはストレートに!!
「わっ、私も……あの…………――へっ?!」
アリシアが瞬きする間にこちらを見ていたフェルディナンドの身体が突然消えて、見知らぬ男を組伏していた。
「お前、今スっただろ?」
「な、何すんだ?! 離せっ!!」
「この女性から財布を盗んだだろう? おいっ、そこの君、ちょっと衛兵を呼んできてくれ」
フェルディナンドは男の手から財布を取ると、片手で男の動きを封じたまま近くにいた初老の女性に財布を渡した。
「まあ、私の財布! いつのまに盗られていたんだか。全く気が付かなかったわ。ありがとうございます」
女性はフェルディナンドに何度も礼を言ってペコペコと頭を下げている。良かった。いくら入ってたのか知らないけど、お財布失くしたら凹むもんね。
って、私と目線が合っていたはずなのに何でスリに気が付いたの?!
結局その後男を衛兵に預けて、ヴァルテルと約束していた2時間が経ってしまった。もう泣けてくる。
何も物事が進まないまま、3日後次の町へ移動することになった。
予定通りセレク伯爵の領地へ入ると牛牧場があちらこちらにあって、のどかな風景が広がっている。
王宮へ着くまでにまだ時間あるし!
なんなら王宮に付いてからだっていいし!!
そう自分に言い聞かせてポジティブに考えるしかない。
馬から降りると木陰に入り、しばらく馬を休ませながら自分達も休憩に草の上に座り込んだ。
「はあぁー、ここはさっきの街とは打って変わってのんびりしていて良いですねぇ」
「アリシアちゃんは牧場育ちだから、こう言う所の方が落ち着くのかな?」
「街中も嫌いじゃないですけど、牧場に居た方が安らぎますね。……でもここ、思っていたほどじゃないですね」
「なにが?」
「革製品用の牧場ならもっと牛ばっかりだと思っていたんですよ。意外と馬が多いんですね」
「馬が多い……?」
「ええ。何故か牛舎で馬を飼っているみたいですけど。夏の今は牛舎が空いているから有効活用でもしているんですかねぇ? それも結構サダルから連れてきた馬が多そうですね」
アリシアの馬センサーを舐めちゃいけない。先程から牧場を見ていると牛ばっかりかと思いきや馬が沢山いる。
そして不思議なのが、牛舎っぽい所に馬がいる。たとえ牛舎の中に居ようと、馬独特の蹄の音や鼻をブルルっと鳴らす音、小さな窓から見えるシルエットで馬がいるのが分かる。
牛は真冬以外は常に放牧されて飼われる事が多い。空いた牛舎に馬を入れて飼っているみたいだけど、真冬になる前までに馬は売り払うのだろうか?
「なんで分かる?」
「サダルで見かけた馬を何頭か、通りかかった牧場で放牧されているのを見かけましたよ。それにサダルからキシュベルに帰ってくる途中の道でも、サダルで見かけた馬をキシュベルへ連れて来ている途中っぽそうなのを何度も見ています」
「まさか、見かけた馬の顔を全て覚えているのか?」
「あはは、全てって言っても5年も前に街で見かけた馬の顔までは、さすがに私でも覚えてないですよ。数ヶ月前くらいなら、見た事ある馬かどうかくらいは判別できます」
「うそだろ……」
「アリシアちゃんの馬に対する情熱が計り知れないね……」
「あっ! サダルで見かけた馬と言えば、サダルの王家が所有する鉱山に行きましたよね? そこで見かけた馬が荷車を轢いて、さっき居たシフィドニア公が治めるあの街で沢山見かけましたね。ハミとか鐙にそんなに鉄を沢山使うんですかねー?」
「それ、本当かっ?!」
いきなりフェルディナンドがアリシアの両肩に掴みかかってきた。
な、なに? そんなに驚くようなことなの?
「本当かと言われましても、私の頭の中をお見せする訳にはいかないので証拠は出せませんけど……」
フェルディナンドとヴァルテルはお互いに思っている事が同じのようで、コクンと頷きあった。
「アリシア、お前男装する事に抵抗はないな?」
「へ?」
訳が分からないまま、ヴァルテルが持っていた替え用の洋服に着替えるように言われて、野宿用の大きな布をマント代わりにゴソゴソと中で着替える。
ヴァルテルとは5cmくらいしか身長が変わらないので、そこまでダボダボにならず結構しっくりときた。
「着替え終わりました」
後ろを向いて何やら真剣に話し込んでいた2人に声を掛けると、今度は髪の毛を中に隠して帽子を被るように指示された。
何がしたいんだか……。
ヴァルテルが荷鞄に折り畳んで入れてあったクラッシャブルハットを受け取ると、ハーフアップにしてあった髪の毛を1つに結びなおして帽子の中に押し込んで隠した。
アリシアの身長は170cmくらいです(˶' ᵕ ' ˶)




