アリシアの気持ち
「フェル様は?」
「まだおじさんの晩酌に付き合っているよ」
「気に入られちゃったみたいですね」
フェルディナンドとヴァルテルは牧場主のおじさんに捕まって、この島の地酒を振る舞われていた。
アリシアは幸いおかみさんに助けられて、数杯飲んだだけで解放して貰えた。
「ふぃーー、疲れたぁ」
あの後もずっと「奥様」役をしなければならず、どっと疲れが押し寄せてきた。フェルディナンドもヴァルテルもノリノリで旦那様と下男役を演じているので、この調子だとこの島を離れた後でもこのままなんじゃないかと不安になる。
アリシアが厩舎前のベンチにドカッと座り込むと、ヴァルテルもクスクスと笑いながら隣に座った。
「いい加減、アリシアちゃん折れたらいいのに」
「え?」
「分かっているでしょ、フェルディナンド准将の気持ちは」
「…………ヴァルテル中尉は本気だと思いますか?」
「うん、間違いなく本気だと思うよ。むしろアリシアちゃんが本気と捉えていない方が驚きだけど」
ヴァルテルが間髪入れずに即答した。
「あんなに焦って空回りしている准将を見るのは初めてだよ。なんて言うか、見ていて痛々しいくらい。だからそろそろ応えてあげたら? アリシアちゃんだって准将のこと好きでしょ?」
「……すっ、好きですけど…………」
改めて口に出して言うと完全に認めてしまったようで恥ずかしいし、もう誤魔化せなくなってしまう。
「でも……好きだけでどうこう出来る相手では無いことくらいは分かっています」
これがフェルディナンドが本当に商人の息子とかなら良かった。そこまで躊躇わずに付いて行けるのに。貴族でさらに王族となると話が違う。
フェルディナンドも結婚して家を持つようになったら他の兄弟達のように爵位を貰うんだろうし、そうなったら何とか爵夫人だ。領地が有る無いにしてもそんな大役、自分に務まるわけがない。
「キシュベルでは貴族と平民との結婚は禁じられていないよ」
「そうですけど、貴賤結婚なんてフェル様に得るものが無いどころか失うものだって多いんじゃないかと。私が相手ではフェル様が後ろ指をさされることは目に見えています。足でまといにはなりたくありません。きっと、後悔させてしまいます」
アリシアが怖いのはフェルディナンドが後悔する事だ。そしてそれを、見て見ぬふりをして生きて行かなければならないのが何より怖い。
「准将が後悔するかどうかを考えるのはアリシアちゃんじゃないよ。それは准将自信が悩めばいいし、考えた結果、アリシアちゃんが良いってことなんだと思うよ。それに准将は幸いな事にしがらみが少ない。これが王太子だと大変だと思うけど王位継承権からは遠いしね。ねえ、アリシアちゃんはさ、どうした方が自分を好きでいられると思う?」
「どうした方が……?」
「うん。僕はね、何かの判断に迷った時は『どうしたら後悔しないか』じゃなくて『どうしている自分が好きか』で選ぶようにしているんだ。そしたらもっと自分を好きになれるでしょ? アリシアちゃんは例え多くの困難があったとしてもフェルディナンド准将と一緒に添い遂げる人生の方が自分を好きでいられる? それとも、誰か他の男と結婚して牧場で働いている方がいい? もしくは一生独り身で、馬と生きて行くほうが好きでいられそう?」
そんなの決まってる。
一生フェルディナンドの事を思いながら生きて行くのだとしたら、絶対に自分で自分を大嫌いになる。馬だって好きだけど、それとは違う。フェルディナンドと一緒にいる自分が1番好きなんだから。それでも……
「……自信がありません。と言うか、何で私なのかよく分からないですし」
何故自分なのか。
美人と言うには程遠いし、リリみたいな無条件に誰からも好かれちゃうようなタイプの女性でもない。
どちらかと言うとガサツで我も強いし人を取りまとめるとか苦手なので、家内を支えるとか、しおらしく夫について行くとか出来ない。
良妻になる見込みが無さそうな自分をなぜ敢えて選ぼうとするのか理解できない。
「ふふっ、アリシアちゃんって人たらしなの気付いてないの?」
「ええ、私がですか? またまた」
「最初は快く思われていなかった軍部の皆もそうだし、王族の皆さんにも気に入られちゃってるじゃない?」
「それは私をじゃなくて、私の厩番としての能力を、ですよ」
「んんー、少なくとも僕はアリシアちゃんの能力では無く、人間性に惚れてるんだけどなぁ。みんなもそうだと思うよ。あぁ、変な意味じゃなくてね」
まだ不信感たっぷりな目でヴァルテルを見返すと、「そうだ!」とヴァルテルが手を打った。
「それならさ、アリシアちゃんが自分に自信をもてる最高の方法教えてあげよう」
「なんですか?」
「クルメルに選ばれた人間」
「クルメルに……?」
「あのフェルディナンド准将以外には絶対に触れさせない、懐かないクルメルにアリシアちゃんは受け入れられたんだよ。どう? これならアリシアちゃんも納得出来るんじゃない?」
名案! とばかりに自信満々なヴァルテルがおかしくて、つい「ぷっ」と吹き出して笑ってしまった。
「クルメルのお墨付き、という訳ですね。それなら納得です」
「でしょ?」
ニッ、と笑うヴァルテルにアリシアも頷いて笑い返した。
気持ちは固まった。
それなら王宮に帰る前に気持ちを伝えた方がスッキリとするし、2人になれる時間も見つけやすい。
その日は2人でしばらくケラケラと笑い合い、夜を過ごした。




