いよいよサダル王国へ
王宮を出発してから3週間余り。あちらこちらと色んな場所を周りながら、いよいよ国境を越えてサダル王国へと入っていく。
何かが劇的に変わるという事はないのだけれど、何処となくキシュベルとは雰囲気が違う。
歩いている人達のほとんどはもちろんサダル人だけど、キシュベルの人、その中でも取り分け軍人が多い気がする。
「サダルの人ってキシュベル語を普通に話せるんですね」
いくつかの街を通り過ぎて山道に入り、休憩しながら途中の店で買っておいたブレクと言う渦巻きパンを頬張りながら、2人に話しかけた。
ブレクはこの国を代表するパンらしく、チーズや肉が入ったものからジャム入りの甘いものまで色んな種類があった。パイ生地で出来たボリュームのあるパンでなかなかに美味しい。
「属国になってからはキシュベル語を第一言語とするように強制しているからな。サダル語を禁止している訳では無いが、教えられる文字や発行される書物や公文書もキシュベル語。だから若い者ほどキシュベル語を普通に話す」
なるほど。だから年老いた人ほど訛りがきつく聞き取りづらいのか。
「そうな風に母国語を変えるように強要されて、サダル人ってもしかしてキシュベル人を恨んでいたりするんですか?」
普通に考えたら母国語を変えるように言われたら、祖国を踏みにじられたような気分になる。サダル人の集まるところにキシュベル人がヒョイッとはいったらボコボコにされそうで怖い。
「うーん、それはどうかな。キシュベルの属国になる事でサダルは戦からは解放された訳だし、全く恨んでないってわけじゃ無いだろうけど、恩恵の方が大きいから文句は言えないんじゃないかな」
「アリシアはサダルが何でキシュベルの属国になったか知っているか?」
「確かサダルは鉄鉱石や銅が多く取れる国として有名で、各国から狙われていたんですよね?それを属国となる事を条件にキシュベルが手を貸したとか」
フェルディナンドの質問に、むかーし教会で教えてもらった授業の内容を頭の片隅から引っ張り出す。
サダルはキシュベルより一回り小さな国だが、キシュベルをはじめとする周辺国よりも圧倒的に多くの鉄鉱石が採れる。
もちろんそんな資源が豊富に採れる地を他国が放っておく訳は無く、サダルは常に戦の地となり長い長い戦いで国民は疲弊し、生活水準が低く文化的にも遅れをとっていた。
いよいよ疲れ切った当時のサダルの王に、キシュベルの王は属国となる事を持ち掛けた。
一定の条件を飲めば国として存続させて貰える。
国の滅亡を避けたかったサダルはキシュベルの属国となる事を了承し、鉄資源をキシュベルに提供した。
他国よりも圧倒的に優れたキシュベルの騎馬技術と馬の数、そしてそこにサダルの鉄資源が加わり、キシュベルとサダルは他国からの侵略を防ぐ事に成功。サダルの地をめぐる長い戦いはようやく幕を閉じた。と言う事らしい。
「そうだ。普通は属国となると戦場の先頭に立たされることも少なくないが、アリシアも知っている通り先代の王、それから今の王も戦を自ら仕掛けて新たな土地を得ようとするような人では無い。キシュベルは戦を極力しない国だからサダル人が戦いに駆り出されていくことも殆どない。キシュベルよりも重い税を掛けられているし規制なんかも色々とあるが、まあ安全保障料みたいなもんだな」
「へえぇ」
「今の国王陛下はサダルをもっと豊かで文化的な国にしたいと思ってらっしゃる。ただ、キシュベルの民はサダル人を下に見て奴隷扱いする事も少なくない。実際、サダル人の人身売買が行われているし、屋敷で奴隷同然に働かされている所なんかもある」
「やっぱりそれって嫌われる要素満載ではないですか。サダル人がいっぱい居るところに行くの怖いですね」
守って貰っているとは言え、そんな扱いをされたら嫌われないわけない。
「アリシアちゃん知らないの? サダル人はキシュベル人に手出しできないよ。万一サダル人がキシュベル人に危害を加えるようなことがあったら、どんな理由でも軽くて四肢斬りの刑だからね」
「しっ、四肢斬り……?」
「軽い罪なら腕1本で済むけど、重くなるごとに失う部位が多くなる。四肢に限らず眼とか耳とか。逆にキシュベル人がサダル人に危害を加えても、大体が軽い罪で済まされてしまうね」
うえぇ、属国化こわーーーっ! 安易にキシュベルに生まれて良かったとは思えない。美味しかったブレクが途端に喉を通らなくなってきた。
「サダルに不用意な力と反逆心を持たせない為にしている事だが、陛下はサダルの民の事も考えてはいらっしゃる。だからこそ5番目の息子、つまりは俺の兄をサダルへと婿入りさせたんだ」
確か6、7年くらい前に後継者となる男子のいないサダルの王が危篤状態に陥った時、第5王子がサダルの王女と結婚してサダルの王になったのだと聞いた。
今のところはサダルの王と王妃に子供が生まれたという話は聞いていない。
「サダル人の地位をもう少し改善する為に兄上は送られたんだが、あちらからしてみると監視されているように感じるみたいだな」
そりゃそうだ。完全に乗っ取られたと思うでしょうよ。
昼食のパンを食べ終えると再び馬に乗り山間を更に進んでいく。
昼休憩から1時間ほどたった頃だろうか。山の中にある小さな町のような場所に出た。人々があっちへこっちへ忙しなく動き回りみんな忙しそうにしている。
馬から降りてさらに奥へと進んでいくと、巨大な縦長の建物が見えてきた。その建物の上からは煙が吹き出し、建物上部と繋がった橋の様な場所を荷車を引いた男たちが行き来している。さらに建物の横を流れる川では水車が回っている。
「あの建物は何ですか?」
休憩中以外は仕事の邪魔にならないようにあまり話しかけないようにしていたが、見たことも無いような建造物に驚いて思わず聞いてしまった。




