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【電子書籍化】騎士様と厩番  作者: 市川 ありみ
第6章 隣にいて欲しい人はここには居ない
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ハンナの馬

 クリームのような柔らかい色合いをした月毛の小柄な馬に乗って、ハンナが楽しそうに王宮の一角にある森の小道から歩いてきた。

 その前を王太子が、後ろを王太子妃が同じく自分の馬に乗って歩かせている。


「アリシア、ただいまー!」


 ハンナに「お帰りなさいませー!」と手を振り返して出迎える。


 馬に乗れるようになったハンナは約束通り自分の馬を買ってもらえることになり、アリシアが実家の牧場からハンナに合いそうな子を選んで連れてきた。

 父はそろそろ「王室御用達」の看板でも掲げようかと意気込んでいた。


 シェレシュと名付けられたこの馬もこちらの環境に慣れてきたので、今日は親子で馬場から出て乗馬を楽しんで貰っている。


 ハンナ達は戻ってくると馬から降りて、待機していた専属の厩番たちに手綱を渡しこちらにやって来た。


「シェレシュすっごく気に入ったわ! アリシアありがとう」


「ふふっ、とんでも御座いません。ハンナ様の金色の髪とお揃いの毛色でとても素敵でしたよ」


 後から続いてやってきた王太子夫婦に礼をとり挨拶をする。


「お帰りなさいませ」


「いい馬だね、ハンナにピッタリだ。私ももう1頭、君に馬を見立ててもらいたくなってきたよ」


「まあ、あなた。それならわたくしにも買ってくださいな」


「ご用命と有ればいつでもお見立てさせて頂きます」


 和やかな雰囲気で笑い合っていると、ハンナがぷくーっと不満げに頬を膨らませはじめた。


「シェレシュの世話をアリシアに頼みたいってフェルおじ様にお願いしたら「ダメだ」って言うのよ。んもう、ケチなんだから」


「はは、アリシアは既に手一杯の状態なんだからシェレシュの世話まで請け負ったらフェルの馬の面倒を見られないだろう?」


「それは分かりますけど」


「乗馬の指導は引き続き出来ますので、そんな顔をなさらないで下さい。装蹄も装蹄師長に付いて私がやる事になると思いますし」


 新たにハンナ専属の厩番として配属された人は、何度かシェレシュの様子を見に来た時に見掛けたけれど、優秀そうな人だった。安心してシェレシュを任せられそうはのでなんにも心配していない。


 渋々ながらも納得した様子のハンナが何かに気づき、父親と母親にコショコショと耳打ちしている。すると3人で怖いくらいの笑顔でアリシアの頭の方を見てきた。


「どうかなさいましたか?」


 藁でも付いているのかと髪の毛をパタパタと払っていると「うふふー」とハンナが気持ちの悪い笑い声を出した。


「その髪留め、フェルおじ様から貰ったんでしょう?」


 ハンナの目線の先、正しくはアリシアの顔の裏側にはフェルディナンドから貰った髪留めを、言われた通り毎日付けている。


 髪紐の代わりと言われたけれど三つ編みの先に付けるのはしっくりこなかったので、ハーフアップをしたとろに髪留めを付けて、さらに三つ編みをしている。


「そうですけど……?」


 言ってないのになんで分かったんだろ?

 こんな高価そうな髪留めなんてまずアリシアには買えないし、買える人は限られてくるからかなぁ。と首を傾げているとハンナが「鈍いわねー」と呆れ顔でため息をついた。


「その髪留めのお花、ゼラニウムでしょう? おじ様の頭絡に刺繍してある花と一緒じゃない」


「え゛っ…………」


 言われてみればそうだ。

 毎日見ているのになんで気が付かなかったんだろう。


 気付いてしまうと猛烈に恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。


「アリシアの手綱を握るのは容易ではなさそうだね」


「あら、お父様。上手いこと言いますわね」


 みんな私の事をよく馬に例えてくるけど流行りなんだろうか……。


 くすくすと3人で笑い合っているが、もういたたまれない。


「そ、それではそろそろ私は軍部の方へ戻らなければなりませんので、お暇させて頂きます」


「うん。あんまり君を留め置いておくと弟の機嫌が悪くなるからね」


「あなた、あんまり女性を虐めるものではありませんよ」


「私もフェルの気持ちがちょっと分かってきてしまったよ。ついからかいたくなる」


「全くもう、いい歳して。アリシア、この人の事はいいからお戻りなさい」



 王太子妃に助け舟を出されてようやく移動用に乗ってきたバームスに跨ると、アリシアは一つ、はあぁ、と重いため息を付いた。



 もうこれ以上、勘違いしたくないのに。



 いっその事、騙された振りでもしてみるか。


 なんて考えてみても、そんな事をすればいよいよ自分が本気になってしまうのは目に見えている。


 きっと、一時のいい夢だったで終わらせられない。


 そんな夢なら見たくない。



「とんでもなく酷い人だね、お前のご主人様は」


 バームスに背中の上から話し掛けると、耳をピクピクとこちらに傾けただけだった。


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