フェルディナンドがかけた呪い
凍てつく冬の寒さが和らぎ、春の空気が心地よく感じられるようになってきた。
今日は王宮で毎年恒例の、春の到来を祝う大きな宴が開かれている。
王宮の中でもいちばん広いホールには、王都に住む貴族の他にも各地から招かれた貴族たちが、きらびやかな衣装に身を包み集まっている。
招待者である王と王妃のダンスを合図に舞踏会が始まると、各々がパートナーや誘い誘われた者同士で踊り始めた。
フェルディナンドも建国祭の時以降、社交界に出るようになってからはこう言った夜会にも適当にパートナーを連れて出るようになったが、今夜は一人で参加した。
パートナーとして隣りにいて欲しい相手はここには居ない。
キラキラとしたシャンデリアの灯りの下で、花のように色とりどりのドレスとアクセサリーで着飾った女性たちと踊る気には全くなれない。
かがり火の下でアリシアと一緒に民に紛れて踊ったあの夜のことを思い出す。
それは23年間ずっと苛まれ続けてきた、自分自身でかけた「呪い」から解放された瞬間だった。
キシュベル王国の6男として生まれた俺の王位継承権は低い。だからと言って両親が自分のことを蔑ろにした訳でもなく、きちんと必要な教育は施してくれたし可愛がっても貰えた。
それでも、幼いながらに誰からも期待されていない事は感じていた。
次期王としての期待を一心に背負う長兄が誇らしく、眩しくて、そして、羨ましかった。
それでも俺に取り入ろうとする奴もまだ少しはいたが、俺が13歳の時、第1王子と妃との間に男子が産まれた事が決定打となった。俺の周りはさらに静かになった。誰も俺に関心を向けない。誰にも期待されない。
玉座という物に興味があった訳じゃない。
ただ、誰かに自分と言う存在を認めて欲しかった。
自分のこれからの身の振り方をどうするべきか。
既に次男は外交官、三男は財務官として王宮では働いていた。自分も文官職に付くべきか……。
勉学もそこそこにできるけれど、兄2人には敵いそうもない。
体格に恵まれ、馬術や武術も兄弟の中で最も秀でていた俺は武官の道を選んだ。
自分の身分を隠して。
王族として、王子としての自分が必要とされないならば、フェルディナンドと言う人間を必要とされればいい。
そこからはただ我武者羅に、他の兵士達と同様にただの兵として働き続けた。給仕支度や掃除に始まり、武器の手入れ、上官や先輩達の使いっ走り……。時には「見ているだけで腹が立つ」と理不尽な理由で殴られ、蹴られても耐え忍んだ。
努力の甲斐あって騎士の称号を賜ると、女どもが次々と近寄ってきた。そしてそれは俺が王子だと知られるようになると顕著になった。
6男で王位継承とは程遠くても王族である事には変わりない。さらに兄弟の中で一番整った顔立ちをしていた事も相まって、次から次へと言い寄ってくる。そしてそれを見て羨ましがる男達。
自分が1番欲しかった「関心」を手に入れても、心が満たされるどころか余計に苛立った。
第6王子の存在なんて、誰も覚えていなかったくせに。
血筋と顔と地位と名誉。
それらに女性が群がる事が悪いとは言えない。
男だって女性の外見や血筋、従順さと賢さを求めるのだからお互い様だ。
分かってはいても嫌悪感は拭えず、近づいてくる女をその気にさせては傷付け捨てた。
そんな事で自我を保てず『自分を見て欲しい』なんて子供のような事を言っているのは自分でもよく分かっているだけに、余計に惨めな気分になった。
そんな時に出会ったのがアリシアだった。
初めは変わった女だと、からかい半分にちょっかいをかけていただけなのに、いつの間にか彼女の存在が自分の中で大きくなっていた。
アリシアの前では「フェルディナンド」と言うひとりの人として居られることに心地良さを感じ、牧場からの帰り道でついポロりと本心を話したら、彼女は同情するわけでも励ますわけでもなくそんなのは当たり前の感情だと言った。
ずっと自分を苦しめてきた感情が、持っていても当然だと言われて一気に力が抜けた。
これまで自分自身を恥じて嫌ってきたが、ありのままの自分を受け入れられるようになってきた。
アリシアに傍にいて欲しい。
仕事としてだけではなく、人生の伴侶として。
どんなにアリシアに優しくしようと甘い言葉を囁こうと「ただの遊びでしょ、女誑しめ」と言う目で見られて本気だとは捉えて貰えない。遊び人としてこれまでやってきたことが悔やまれる。
これはもう、身から出た錆としか言いようが無い。
アリシアと自分の身分を考えれば、命令ひとつで彼女をモノにすることは簡単だ。
でも、それだけはしたくない。
アリシア自身が、自分の意思で首を縦に振ってくれなければ意味が無い。
どうしたら本気だと分かってもらえるのか。
以前アリシアに初恋はまだなのかと馬鹿にしたことがあったが、自分こそ人の事は言えない。
いざ本気になった女性には、どうしたらいいのか分からなくなっている。




