人であろうと馬であろうと(2)
三連休なので今日は2回目の投稿v(。・ω・。)
自分のことは何も言われても我慢出来る。でも、フェルディナンドの事を悪く言うのは我慢ならない。
この短期間の付き合いでも、今の地位がフェルディナンドが自分の努力で勝ち取ったものだと言うことくらいは分かる。
「…………たが」
「何か言ったか? よく聞こえなかった」
「ド下手って言ったんですよ!! 馬もろくに操れないくせに、なに身分のせいにしてるのよ! そっちの方がみっともないじゃない!」
「お前っっ!!!」
胸ぐらを掴まれて、半分宙吊り状態になってしまった。
厩舎の入口には騒ぎを聞き付けたのか兵や厩番達が集まって来ているようで、みんなが遠巻きに見ているのが視界の端に映った。
この男が誰なのか、ようやく思い出した。
たまに馬場で乗っている所を見た事があるけど、拳の操作が強い上、自分が下手くそなだけなのに言う事を聞かないとすぐにムチを入れて引っぱたくのだ。その上、馬が言う事を聞かないのは厩番の調教が悪いからだと人のせいにしてくる。
この男が乗る馬を担当している厩番が何度かアリシアの所に「自分の調教が悪いのでしょうか」と相談に来た事がある。
馬の扱いや乗馬の指導は先輩士官から教わるもので、厩番のアリシアの立場では何も言えない。
フェルディナンドに言ってみようかとも思ったけれど、ついこの前までこの男はフェルディナンドよりも上官。同じ准将の位についても大先輩に当たるので黙っていた。
「見てれば分かりますよ。自分が馬に乗るのが下手くそなだけなのに馬や人のせいにしてっ!そんなんだからその歳になっても騎士の称号を貰えないんですよ!!」
軍部では人だけでなく、馬をも制する者だけが上に登れる。
そして、人よりもずっと素直で純粋なのが馬だ。
自分の事をどう扱ってくれるのか。
それだけを見てくる馬に、計算や上辺だけの態度では直ぐに心の内を見破られてしまう。
「このクソガキ! いい加減にしろよ!!!」
ギュッと目をつむり、来たるべき衝撃と痛みに身を硬くする。
言っちゃった自分が悪いけど、顔が歪んだらますます嫁の貰い手が居なくなりそうだなぁ。せめて腹を殴って欲しいんだけど。
呑気なことを考えながら待っていても、なかなか衝撃はやって来ない。
恐る恐る目を開けてみると、顔の近くにはグーとパーで重なり合った手が2つ。
「私の厩番になにをする気ですか?」
フェルディナンドがにこやかな顔で問いかけているけど、目が全然笑ってない。怒りの対象でないはずのこちらにまで背筋に悪寒が走った。
こ、こわっっ……。
「いえ、なに。この暴れ馬の躾をしてやろうかと思いましてね」
アンドラーシュ准将がようやく掴んでいた胸ぐらを離し、振り上げていた拳を下げた。
「女のくせに随分と生意気なことを言うものですから。こう言う奴は1発殴らないと分からないんですよ。誰が上で下なのか」
「そう言う事でしたら私にお任せ下さいませんか。じゃじゃ馬の扱いでしたらアンドラーシュ准将よりも私の方が優れているようですので」
「なに?」
フェルディナンドの険のある言い方に、アンドラーシュがこめかみに青筋をたててひくつく。
「一体何頭の軍馬を敵にくれてやれば気が済むんでしょうねぇ。軍馬一頭がいくらするのかご存知ないなんて事はないでしょう。あなたによって失った馬の値段だけで、家がいくつも建ちますよ」
なるほどねぇ。アンドラーシュは自分の乗っていた馬を、戦いの中で何頭も逃がしてしまったらしい。
戦いのさなか落馬してしまうことはよくある。その時、馬との信頼関係が築けているかどうかが試される。
主人に忠実な馬は、主人以外の人間を絶対に自分の背中に乗せようとしない。時には敵兵や魔獣を蹴り飛ばし噛み付いて守ろうとする。
特によく懐いている馬だと、落としてしまった主人を乗せるために戻ってくる。
ちょうど、トリクシーの様に。
トリクシーは落ちてしまったヴァルテルを再び乗せるために駆け寄ってきたところを、魔獣に襲われてしまったのだと言っていた。
敵に馬を取られるのは騎兵の恥。
こんな男に忠実な馬なんてどこにも居ない。
「たかが厩番に殿下は随分とご執心のようですねぇ。こちらは命を張って戦っているんですよ。にも関わらず生意気な口を聞くとは見過ごせませんよ。他の厩番たちも付け上がるでしょう?」
「たかがと仰いますか。厩番や装蹄師達は私たち騎兵が最大限の力を発揮出来るよう、馬たちのコンディションを整えて日々努力をしてくれています。下位の者が上位の者の命令を聞くのは当然ですが、見下して良いとは私は思いませんね」
顔を真っ赤にして怒り狂う准将に、さらにフェルディナンドが畳み掛ける。
「それから、彼女は私だけでなく国王陛下のお気に入りでもあります。あなたとは違って、彼女の名前はきちんと覚えてらっしゃいますよ。あまり手荒な真似はしない方が貴殿の為です」
「くっ……どいつもこいつも馬一頭でうるさいヤツらだ!! せいぜいそのじゃじゃ馬に蹴り飛ばされないことだな!」
おぉー、負け犬の遠吠えだ。
厩舎入口に集まっている人集りに怒鳴り散らしながら、アンドラーシュ准将は出ていってしまった。
「えーと、フェル様、ありがとうございました」
「ありがとうございました、じゃないだろ! バカかお前は?! 厩舎前に人だかりが出来ているから何事かと思えば……! あんな男でも殴られ所が悪かったら痛いじゃ済まないぞ!」
「すみません……」
「馬の事となると熱くなり過ぎるのも大概にしておけよ。じゃなきゃ命がいくつあっても足りない」
「はい……」
アリシアが今回キレてしまったのは馬のこともそうだけど、フェルディナンドの事を侮辱したからだ。という事は胸の内に閉まっておく。
「でも……ド下手は笑えたな。みんな知っているさ、アンドラーシュ准将が乗馬下手なのは」
「やっぱりそうでしたか」
3人でくつくつと笑いあっていると、ヴァルテルが拳を握りしめて自分に気合いを入れ始めた。
「アリシアちゃん、ありがとう。お陰で溜飲が下がったよ。よしっ! こうなったら死んだトリクシーの為にも、誰にも何も言わせないように僕も早く昇進しないとね!!」
「はい。馬に愛されるヴァルテル中尉ならあっという間に駆け登れますよ。それに、ヴァルテル中尉のように馬を大切にしてくれる人の下で働けて、私も嬉しいです」
「お前は俺の厩番だけどな!!!」
フェルディナンドが盛大に顔をしかめて、おデコをツンツンとつついてきた。
「ちょっ、そこ、今突っ込む所じゃないですよ!」
「ふっ、仲良しさんですねぇ。それでは宿舎に帰りましょうか」
「そうですね」と、歩き出そうとしたところで、カクンッと膝から崩れ落ちた。
「アリシア?! どうした、大丈夫か?」
「すみません……なんか腰が抜けちゃったみたいで」
今更ながら、怖かったんだと思いらされる。体の力が一気に抜けて手足が微かに震えている。
えへへー、と笑って誤魔化そうとすると、ふわりと体が浮き上がった。
「あんまり無茶するな。いくら男の格好をしていたってお前は女なんだから」
「あ、えっ、降ろしてください! もう大丈夫です、自分で歩けます!!! 女官に見られでもしたら裏で袋だたきにあってしまうじゃないですか!」
これはいわゆるお姫様抱っこと言うやつなのでは?! こう言うのはヒラヒラのドレスを着た清楚なお嬢様がされてこそのものであって、男に啖呵を切ってしまうような人間がされるものじゃない。
「もう夜だし、女官は帰っただろ」
「それじゃあメイド」
「くくっ、これはいいお仕置きになりそうだな。これに懲りてもう少し大人しくしろ」
ヴァルテルに助けを求めて視線を送るが、ウィンクを返されただけだった。
翌朝、メイドたちから昨夜のアレは何だったの?! と質問攻めにあった事は言うまでもない。




