アリシアの価値
3日後、フェルディナンドはシュケットに跨りファルカシュ山へと向かって行った。その左手首にはアリシアがあげた、と言うか取られたリボンが結ばれていた。
***
「ねえ、アリシアってフェルおじ様の事どう思っているの? 好みのタイプじゃないの?」
「ゲホッゲホッゲホッ!!」
「アリシア大丈夫?」
食堂で夕食をハンナとリリ、アルフレッドの4人でとっていると、ハンナが唐突に聞いてきた。
リリに貰ったレモネードで喉につまったケニエルを流し込むとハンナを睨みつける。
「何の話よ」
「だってこの前断ってたじゃない。フェルおじ様のプロポっ……」
何かよからぬことを口走ろうとしたハンナの口に、ケニエルをぶち込んだ。
このクソガキ!寝たフリして聞いてたのか!
ハンナがフガフガして涙目になりながら、これまたリリに手渡されたレモネードを飲んで睨み返してきた。
「何が不満なのか分からないわ。おじ様達の中でもフェルおじ様が1番筋肉ムキムキだし顔も性格もかっこいいのに」
「あのねぇ、不満があるとかないとかそういう問題じゃ無いでしょ。何を勘違いしているのか知らないけど、ハンナが想像しているような仲じゃないから。いい? 普通に考えてみなさい。一国の王子がただの牧場主の、それも何処の馬の骨とも分からないような娘を本気で相手するわけないでしょ」
フェルディナンドがより甘々しくなったのは、クルメルに種付けをさせる為に牧場へ帰ったあの日からだ。
クルメルの子供が出来たからって、今の仕事を辞めて牧場に帰ろうなんて思ってないのに。
ミンカは恐らく、クルメルの子を身ごもっている。妊娠の兆候がある事は父から聞いたし、フェルディナンドにも伝えた。
クルメルの子供を手に入れたアリシアを引き止める為に、フェルディナンドはちょっかいをかけてくるんだろう。
でもアリシアだってみんなとも仲良くなってきたし、今の仕事はやりがいもあって楽しいと思っている。辞めるつもりなんてさらさら無いんだからそんな事する必要は無い。
あわよくば、クルメルにはもっと子供を作って欲しい。
「でも曾御祖母様は元は平民よ」
「王太后様は絶世の美女だからで、例外中の例外なの」
この国に王位継承権者や貴族が平民との結婚を禁ずるような法は無い。
それでも普通は貴賤結婚なんてまずしない。
血筋や家柄を重視し、政治的な意図による婚姻を結ぶ貴族や王族に、平民との結婚なんてメリットは無いに等しい。
「あー、こう言えばわかるかしら。目の前にクルトシュやはちみつたっぷりのワッフル、カスタードクリームが詰まったシュークリームに、可愛らしいベリーが乗っかったケーキがズラリと並んでいるとするでしょ。そうするとたまには塩辛いソーセージが食べたくなるわけよ。そんな感じ」
「えぇと、スイーツが貴族のお嬢様で、あまーい物をずっと食べていると飽きてくるから、たまにはソーセージ、もといアリシアみたいな普通の人をつまみたくなるって言いたいんじゃない?」
眉根を寄せて「意味不明」と言いたそうなハンナに、リリが通訳してくれた。
アリシアは何も持っていない。
誰もが振り向くような美貌の持ち主でもなければ、男性を惹き付けるような話術も仕草も出来ない。
上手く立ち回り夫を立てられるような、賢こく慎ましい妻になんておよそなれそうもない。
女としての魅力をほとんど持っていない、無い無いづくしのアリシアにあるものと言えば、
人よりも馬の扱いに秀でている、と言うだけ。
フェルディナンドにとってアリシアの価値はそこしかない。
王子様がまさか私を……?!
なんて言うおめでたい頭はさすがにしていない。
そう言うのは小説の中だけだとわきまえている。
「ちょーっと馬の扱いに長けた厩番がたまたま女で、たまには趣向の違うのも良いかもしれないとからかっているだけよ」
「……アリシアって冷静に分析しているようで、全然分かってないわね」
「ハンナ様、アリィは馬の機微には敏感でも人には鈍感なんですよ」
「納得だわ」
3人で顔を見合わせてウンウン、と頷きあっている。
分かってないのはそっちでしょうが!
横から見ているだけの人は面白おかしく、ロマンス溢れる話を想像して楽しいでしょうよ。
「無駄話はこれでおしまい! さあ、明日も早いんだから早く食べて寝るわよ」
もう一度ケニエルをハンナの口に無理矢理放り込むと、アリシアもスープを飲み干して席を立った。




