流石に私も怒ります
復活⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ 今日からまた投稿再開しますー!よろしくお願いします。
アリシアは装蹄師達の作業所で、前回除鉄した時の蹄鉄と時々見比べながら新しい蹄鉄をトントンと打っていく。
蹄鉄は予め6、7割だけその馬に使用していた古い蹄鉄の形に合わせておいて、装着する直前にその場で改めて形を合わせ、仕上げてから使用する。
厩番としての仕事を大方終えてから大体この作業をしているのだが、ハンナの面倒を見ているとここまで来るのに何時もより時間がかかってしまう。他の装蹄師達がどんどん帰る中、黙々と鉄を打つ。
「アリシア、お先に失礼するよ」
「ええ、お疲れ様です」
最後の装蹄師が作業所から出て行くと、入れ替わりでフェルディナンドが入って来た。
「まだ仕事していたのか」
「しー」
フェルディナンドの問いに口に指をあてて静かにするよう、側の長椅子で眠るハンナに目配せする。
「だいぶ疲れが溜まってきているみたいです」
朝から晩まで働き詰めな上、身の回りの事も自分でやらなければならない。アリシアもそれなりに手加減はしているけれど、お姫様にはかなりのダメージだろう。
「明明後日から北部のバルナ伯爵領に遠征に行く事になった。10日から2週間ほど空けるからハンナの事を頼んだ」
「何かあったのですか」
「バルナ伯爵領にあるファルカシュ山に魔獣が巣食っているんだが、伯爵自前の兵や国の地方軍では抑えきれなくなってきたという事で中央軍に要請があったんだ。家畜だけでなく、最近は人の被害も多く出てきているという報告があって要請に応じる事になった」
バルナ伯爵領と言えば羊毛の産出で有名な場所。氷点下まで冷え込むことも珍しくないこの国ではウールの寝具は欠かせない。是非とも救ってもらいたいところ。
「ファルカシュ山というのは険しい山なのですか?」
「いや、そこまでではないな。切り立った崖のような場所はあまり無いみたいだが、いかんせん魔獣が多い。最近では人が入り込まなくなったせいで、道がどうなっているか分からん」
「クルメルを連れて行くんですか」
「そのつもりだが」
「シュケットにしてみてはいかがですか」
「と言うと?」
「けもの道が多そうな山でしたら、クルメルだと身体が大きすぎるんじゃないかと思いまして。シュケットなら身体も小さく小回りも効きますし、脚力も充分あります。それにシュケットの方が寒さにも強いです」
シュケットはフェルディナンドが保有する軍馬の内の一頭で、モフモフとした毛をした小さめの子。
クルメルの脚力が桁違いに強いだけで、シュケットもそれなりに勾配のある場所で活躍できる馬だ。クルメルは寒いのが少し苦手みたいだけれど、シュケットは寒さに強いので北部での野営にも難なく耐えてくれるだろう。
「なるほど、確かにシュケットの方がいいかもしれない……。そうだ」
フェルディナンドが懐に入れていた紙をテーブルの上に広げはじめた。
「これは今回使うつもりでいる兵と馬の一覧と配置図だ。添削してみてくれないか」
「えぇ? 無理ですよ。そう言うのは厩長の仕事じゃないですか」
馬の方は分かっても兵の方は分からない。戦闘の事だって何も分からないから、どこにどの馬と兵を配置するのが良いかなんて知らない。
「今から厩長に相談しに行くところだったんだ。その前にアリシアの意見を聞いておきたい。配置までは考えなくていいから、その馬の特性や今のコンディションからみて連れて行くか変えるべきかだけでも教えて欲しい」
「分かりました」
しばし、渡された紙とにらめっこをして考えてみる。遠征となると伝令馬や荷馬車を轢く馬など、沢山の馬が必要になる。
何頭か変えた方が良さそうな馬の所にチェックを入れて、代わりに使えそうな馬の名前を書きつけていく。
「こちらで如何でしょうか」
「……ふむ、ありがとう。先にアリシアに相談しておいて良かった」
「私も本当は遠征に同行出来ると良いんですけどね」
小規模な行軍なら馬の世話は下級士官達が行うが、規模が大きくなると厩番も一緒について行くこともある。
ただ、アリシアは女という事で一度もついて行った事がない。
戦闘には参加しないとは言えそれなりに危険な目に遭うこともあるし、野営も多いしで体力的について行くと言うのは難しい。なにより戦闘前の興奮状態にある男たちの中にポンっと女が入ってしまうと何をされても文句は言えない。
足でまといになる事は目に見えているので、敢えて「行きたい」とは言い出さないようにしている。
「こうなると、いっそう男に生まれておけば良かったですね」
冗談めかして言うと、フェルディナンドが懐に紙を入れなおしていた手をピタリと止めた。
「……それは困る」
「?」
「男に生まれていたら、お前を妻に娶れなくなるだろう?」
「なっ……」
頭に一気に血が上る。
ここまでからかわれると流石にカチンときた。冗談も大概にして欲しい。
「いくらフェル様でも冗談が過ぎますよ。そうやっていつも女を口説いているんですか? 奥さんがいっぱいになってしまいますね」
皮肉たっぷりに言い返すと、いつもの笑顔を引っ込めたフェルディナンドに真剣そうな眼差しを返された。
「冗談なんかじゃない。本気だ」
「……フェル様は『馬の耳に念仏』って言葉をご存知でしょうか」
「ネンブツ? 何だそれ」
「遠い東の国のことわざで、価値が理解できない者にいくらありがたーい教えを説いても無駄だってことです」
「つまり、お前にいくら愛の言葉を囁いたところで意味が無いって言いたいのか」
「ご名答です。お分かりいただけましたら、早く厩長の所へ行ってください」
フェルディナンドの背中をグイグイと押して作業所から追い出そうとすると、不意に髪の毛を掴まれるような感覚がした。
「……それなら、遠征の御守りにこれを貰っていく」
フェルディナンドの手には、いつもアリシアが髪の毛に結んでいる深緑色のリボンが握られていた。
「代わりの髪紐は今度用意しておく」
それだけ言い残すと、フェルディナンドは作業所を後にした。




