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【電子書籍化】騎士様と厩番  作者: 市川 ありみ
第5章 お姫様と厩番
35/66

馬体の健康管理は厩番の仕事の基本です

「重いー、こんなに重たいものをレディに持たせるなんて」


 馬の給水用の樽を馬房から洗い場まで運ぶように指示を出すと、ハンナがヒィヒィ言っている。


 ハンナに男物の洋服はさすがに着せられないので、メイド服を来て貰っている。髪の毛を結べないだの顔を洗う水が冷たいだのと、朝から大変だった。


 アリシアが9つ樽を持ってくる間に、ズルズルと半分引き摺りながらやっと1つだけ運んできた。


「冷たっ! よくこんな冷たい水で洗い物なんて出来るわね。お湯で洗ったらいいんじゃない?」


「いちいち洗いのものの為にお湯を沸かしていたら、どんだけの薪が必要で、しかも時間がかかるか分かってるの? 洗濯係や皿洗いのメイドたちはこの冷たい水の中、毎日洗ってくれてるんだからね。それからパン屋になりたいって言ってたけど、パン屋はこの水の樽より重たい粉を何度も運ぶのよ。しかも袋に穴が開くので絶対に引き摺らないでね」


「んもう、分かったわよ」


 季節は真冬なので確かに水は冷たい。それでも給水樽と給餌樽くらいしか洗い物をしなくていい厩番はまだマシな方だ。

 ハンナはかじかんで冷たくなった手に、時々はぁーっと息で温めながら洗っている。


「洗い終わったら冬ならではのお楽しみもあるのよ」


「お楽しみ? なに?」


「ふふ、それはねぇ……」


 冬ならではのお楽しみ。それは冷たくなった手を温めるために馬に抱きつくのだ。

 冬毛になったモフモフの馬は最高の温熱源!


「クルメル〜」


 馬房の柵から顔を出しているクルメルに抱きつきに行こうとスキップで近寄っていくと、突然誰かに手を掴まれた。

掴まれた手はそのまま男の手に包み込まれて、さっきハンナがしていたようにはぁーっと息を吹きかけられる。


「なっ、フェル様! 何やってるんですか?!」


「何って、手を温めに行くつもりだったんだろ?」


「そうですけど、ちょっ、離してください!」


「あーあ、おじ様たちを見ていたら暑くなってきましたわ。ねえ、クルメル?」


 ハンナに生暖かい目線をおくられて、耳まで熱くなってきた。からかってくるフェルディナンドにやっと手を離してもらい仕事に戻る。


「次は馬房掃除ね。まず馬糞(ボロ)を取ってきて」


 ちりとりと馬糞取り用の小さなレーキをハンナに差し出した。


 馬房の掃除はまず馬糞を取って糞や尿で汚れた藁を馬房の外に出し、綺麗な藁はそのまま再度敷き直し、少なくなった分の藁を継ぎ足す。更に天気のいい日なら、藁を干して乾かしたりもする。


「ぼ、ボロ取り……」


「そうよ。これでちょいちょいって取ってくれば良いだけだから。取ってきた馬糞はこの手押し車に入れて集めてね」


 ハンナが固まったまま動かない。渡したちりとりとレーキを手にして馬房内を見つめている。


「さっさとやってくれなきゃ先に進めないんだけど」


「だってこれ、うん……」


「馬だって生きてるんだから、う〇こくらいするわよ。どんなに着飾ったご令嬢だって出るものは出るでしょ? 馬なんて草しか食べないんだから大して臭くないし割ときれいよ。おかしな糞があったら私に教えて」


 ハンナがやっと馬房に入って馬糞拾いをし始めた。「きれいな糞って何よ……」とブツブツ言っている。


「容赦ないなぁ」


「糞のチェックが大切なのはフェル様もご存知でしょう?」


 喉を鳴らしながら笑うフェルディナンドに、知っているくせに、と一瞥する。


 馬の健康状態を知る上で糞のチェックは欠かせない。血や寄生虫は混じっていないか、硬いか柔らかいか。

 健康管理は厩番の最重要任務と言っていい。


「俺の馬の健康はハンナにかかっているんだから、しっかり頼んだぞ」


「はい。かしこまりました」



 常にハンナを伴って仕事をしなければならないので、いつもの倍近く手間と時間がかかってしまう。

 身の回りの事を侍女にして貰っていたお姫様の面倒をみるのは、なかなかに体力と忍耐力を必要とする。

 アリシアもハンナもヘロヘロになりながら奔走している内に、あっという間に半月が過ぎていった。

 


これまで毎日更新してきましたが……家族で盛大に風邪を引いてしまったのでしばらくお休みします( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)

健康管理大事ですねぇ……

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