初めから上手くは乗れません(2)
「これから軍部の厩舎に帰ってウィルマの手入れをしますけど、いかが致しますか」
「?」
「手入れ、なさいますか? もちろん乗るだけでも構わないのですが」
「ちょっとあなた!!!」
先程まで馬場の外で待機していたハンナの侍女が我慢の限界を迎えたのか、こちらもプリプリしながら迫ってきた。
「さっきから黙って聞いていれば何を言っているの? 姫様に手入れをさせるですって? それも軍部に! ハンナ様、そんな事は厩番にさせておけば良いのですよ。ハンナ様はあなたに乗馬指導をして貰いに来たのであって、世話の指導なんで頼んでないわ。それに『変わった嗜好を持つ一部の人間』だなんて、姫様に変な事教えないでちょうだい!!」
はっきり言って自分だけで手入れを済ませた方が楽に決まっている。でも、よりウィルマの事を知りたいと思うなら手入れまでしてもらった方がいいと思ったから聞いてみただけなのに。
「さっきアリシアはわたくしがウィルマにナメられてるって言ったわよね。世話なんてしたら、余計にナメられるんじゃないの?」
「それは絶対に無いです」
「なんでよ。世話なんてしたら、「私が下です」って言っているようなものじゃない」
「そうですねぇ……ハンナ様はそちらの侍女に普段、日常のアレコレを手伝ってもらっていると思いますけど、バカにしているんですか?自分より下だからと侮っておられるのですか?」
「そんな訳ないじゃない。いつも良くわたくしに仕えてくれて感謝こそすれ、侮るわけないわ。そんな恩知らずじゃない」
「そうですよね。ウィルマも同じですよ。余っ程の高慢ちきじゃなければ自分の事を懇切丁寧に扱ってお世話をしてくれる人に対して、コイツは自分より下だ、なんてバカにしたりしませんよ。好意を向けてくれる人には好意を返したくなるものです」
「……そうね。うん、分かった。手入れもしてみるわ」
「ハンナ様!?」
「早くお父様やおじ様みたいに上手に乗れるようになりたいもの」
「そんなっ……ですが……」
「あー、もー、そんなに文句があるのなら貴方がハンナ様に乗馬を教えればよろしいのではないのですか? どうですか、ハンナ様。厩番の私が教えるより余っ程、淑女らしい振る舞いで馬に乗れるようになると思いますけど」
侍女ならどこかの貴族の出だ。貴族の女性ならたいてい馬の乗り方を教わっているはずなので丸投げしてやる。こっちだって好きで指導係になった訳じゃない。
ハンナはアリシアを見、侍女の方を見ると、フルフルと頭を振る。
「アリシアの方が馬の扱いをよく分かっていそう。これからもアリシアに指導をお願いするわ。ゾイは黙っていて」
「かしこまりました。それでは軍部の方へと移動しますので、馬車に乗って付いて来てください」
屋内馬場から外へ出てアリシアはウィルマに跨り、2人には馬車に乗って移動してもらう。
こうなると、薔薇厩舎じゃなくて軍部の馬場で乗馬の練習させてもらった方がいいかもしれない。やっぱりお姫様が軍部でうろうろするとかマズイのかなぁ、と考えているうちに目的地にたどり着いた。
「ねぇ、今、停止の合図出してたの?」
「はい?」
「だって、全然手綱引っ張っているように見えなかったわ。それなのにウィルマはピタッと止まったじゃない」
馬車から出てくるなりハンナが近寄ってきて捲し立ててくる。
「合図はちゃんと出しましたよ。ぐいぐい引っ張らなくたって、正しく指示を出せばあの程度でも指示は伝わるんですよ。ハンナ様も口の中に髪の毛が1本入っただけでも不快でしょう? 口の中って物凄く敏感なんです。その口の中にハミを入れて指示を出しているんですから、本来なら少しの合図で馬には伝わります」
「へえぇーーーー」
「おいアリシア、これはどうなってるんだ? 何でハンナがここに居る?」
驚いた顔をしているフェルディナンドの隣には、30代後半くらいの身なりの立派な男性が、これまた驚きの表情を浮かべて立っている。
「お父様! フェルおじ様! 見た? アリシアって凄いのよ。全然指示を出していないように見えるのに、ウィルマが当たり前って顔して言う事を聞くのよ。不思議だわ。わたくしがやっても全然言う事聞いてくれないのに」
おっ、お父様……と言う事は王太子か。通りでフェルディナンドと顔付きが似ているわけだ。
「ハンナ様にウィルマの手入れもして頂くことになったので軍部までお連れしたのですが、やっぱりまずかったですかね……」
突然の立派な馬車とお姫様の登場に、軍部は騒然としている。




