初めから上手くは乗れません
「意味わかんない……なんで私がお姫様に乗馬を教えなきゃなんないのよ」
フェルディナンドに王太子の長女ハンナ姫に乗馬を教えるように言われて、薔薇厩舎にある屋内馬場へとやって来た。
ハンナは自分の馬を持っていない。
上手く乗れるようになったら馬を買うとの約束のようで、アリシアが普段から世話をしていてフェルディナンドが常用馬として使っている、一番気性の穏やかな牝馬のウィルマを練習馬として使うことになった。
王と言い王太子と言い、急な無茶振りとかやめて欲しい。
王太后の名前まで出されたらもうお手上げだ。
「せっかく厩番仲間と仲良くなれてきたのに」
ぶつくさ言いながら準備を整えていると、フェルディナンドに連れられて一人の少女がやって来た。
金色のストレートヘアに青色の瞳。フェルディナンドの姪とだけあってどことなく似ている。
この国では女性用のズボンと言うの物はなく、畑仕事だろうと馬に乗ろうと、女はいつでもスカートを履く。なのでハンナも多分に漏れずスカートを履いている。
ただし、めくれても下着が見えないようにタイツを履いてきているようだ。
「アリシア、この子がハンナだ。今日から頼んだぞ」
「かしこまりました。フェルディナンド准将付きの厩番アリシアと申します。私のような者をご指名頂いたようで、畏れながらハンナ様の乗馬指導を担当させて頂きます」
「パンチラして野生馬に乗ってたの貴女でしょう? 見ていて面白かったわ。よろしくね」
パンチラ……。誰も何も言わなかったけど、やっぱりしていたのか。
嫁入り前なのに何たる失態。
笑いを堪えながら仕事に戻って行くフェルディナンドを見送って、ハンナを馬場の中へと誘導していく。
「それでは早速ウィルマに乗ってみましょう」
行儀作法は気にせずとにかく乗れるようにして欲しい。との事なので、とりあえず何も気にせず基本的な操作から教えこんでいく事にした。
「ハンナ様は馬には乗ったことは御座いますか」
「ええ、相乗りで歩いた事なら何度か」
「分かりました。手綱の持ち方はこう、足の位置はここです。まずは発進してみましょう。軽く足で腹を蹴ってください」
アリシアが言った通りハンナがトンっ、と足で腹を蹴るがウィルマは涼しい顔をして止まっている。
「もう少し強く蹴ってみてください」
もう一度ハンナが足で蹴るが、ウィルマはビクともしない。
「なによこの馬! 動かないじゃない!!」
「この馬じゃなくて『ウィルマ』です。動くまで蹴ってみてください」
ドンッドンッと思いっきり蹴っているようだが相変わらずウィルマは涼しい顔をしている。
「ウィルマ、常歩」
アリシアがチッチッと舌鼓を打つと、ようやくウィルマが歩き出した。
「なんだ、言えば聞いてくれるんじゃない」
アリシアが号令をかけたからウィルマは言う事を聞いたのであって、恐らく、ハンナが言ったところでウィルマは言うことを聞かない。と言う説明は、機嫌を損ねそうなので取り敢えず省いておく。
「横から見た時に頭、肩、お尻、踵が一直線になるのが基本的な姿勢です。顔は進行方向に向けて。初心者は踵がどうしても上がりやすくなるので下に下げるようなイメージで乗ってください。それでは停止してみましょう」
「止まるのね、それなら分かるわ」
ハンナがぐいぃーーっと手綱を引っ張るが、ウィルマは歩みを止めない。ダラダラとハミに逆らって動き続ける。
「なんで止まんないのよっ! こらっ、止まんなさいよっっ」
「手綱を拳で引っ張るのではなく、体で引いてください。えーと、上半身を後ろに倒すようなイメージでしょうか。拳を胸に引き上げないで、上半身と肘を使ってちょこっと引くんです」
「何言ってんのか分かんないわよっ! もっと分かりやすく教えて!」
だから嫌だったんだよ。
アリシアは人の子が二足歩行をするように、ひとりでに馬に乗ることを覚えてしまった。
なので、出来ない人が何故出来ないのかが理解できない。どこが分からないのか分からない。
乗る能力は高くても、教える能力についてはかなり低い。
それからしばらくハンナもアリシアも悪戦苦闘しながら乗り終えた。
「なんでこの子、アリシアの言うことは聞くのにわたくしの言う事はちっとも聞かないのかしら」
頬をプーっと膨らませながら、ハンナがプリプリと怒っている。
「それはウィルマにとって、ハンナ様は言う事を聞くべき相手ではないってことですね」
「はぁ?! なによそれ。わたくしの言う事は聞かなくても良くて、あなたの事は聞くべき相手だっていうの?」
「はい。ウィルマには私が使用人でハンナ様がお姫様だって事は関係ありませんから。自分が言うことを聞くべき相手かどうかは、ウィルマ自身が決めます」
「――っ! つまり、わたくしはナメられてるって事?」
「ナメられてますねぇ」
今度は顔を真っ赤にしてプルプルと小刻みに震え出した。
花よ蝶よと育てられたお嬢様にはかなりの屈辱らしい。
「ちなみに、鞭で引っぱたいて言う事を聞かせようなんて事は考えない方が良いですよ。鞭ひとつ取っても入れるタイミングや強さもありますし、バシバシ引っぱたかれて喜ぶのは、変わった嗜好を持つ一部の人間くらいですから。嫌なことばかりしてくる人にはこうやって、甘えてきたりしないです」
ひと仕事終えたウィルマが、「もっと褒めて」とでも言いたそうに鼻づらをアリシアにぐいぐいと擦り寄せてくる。
変なところで切っちゃってごめんなさい(•ᴗ•; )
お話を丁度いい長さになるように、どこで切ったらいいのかいつも分からない…




