3.
アリシアが装蹄師長に付くようになってから2ヶ月ほどした頃、いよいよ王との約束の期限が来たらしい。いつもより早めに仕事を切り上げて片付け始めた。
「今日、薔薇厩舎に陛下がいらっしゃるの?」
「うんそう。フィンダスはだいぶ仕上がってるから大丈夫だと思う」
「分かっていると思うけどくれぐれも言動には気をつけなよ。アリィはただの使用人なんだからね」
「分かってるってばー。そんな事よりさ、私聞いちゃったんだ」
「何を?」
「この前下級兵達が洗濯物を届けに来たリリの事カワイイって言ってるの。あの人たち絶対狙ってるって思うんだけど、ちょっと心配でさー。だって士官ならお給料に不安は無いけど、ただの兵卒なんだもん。リリはいい子だから苦労して欲しくないし、ましてや乱暴に扱われたりしたらって思うと心配で心配で……」
なんだその話は……!
リリがちょこちょことした動きで洗濯物を持ってくる姿は確かに愛くるしい。
男なら誰もが微笑ましく見つめてしまう。
でも相手が兵卒?!
あんな華奢で小さな体、ちょっとでも雑に扱ったら壊れてしまいそうだ。
あわわわゎゎ、と内心慌てているとフェルディナンド中佐がやって来た。
「アリシア、陛下との約束の時間になる。行くぞ」
「分かりました。じゃあ行ってくるねー」
人の不安をよそに、アリシアは間延びした声で挨拶をすると行ってしまった。
どうするか。さっきの話を聞いて仕事が何も手につかなくなってしまった。
今こうしている間にも、誰かにリリを取られたら……!!!
焦りと不安に掻き立てられ、急いでアルフレッドも残っている仕事を終わらせ洗濯場へと向かった。この時間ならまだ仕事中かちょうど終わる頃だ。
洗濯場の周りを探していると、他の洗濯係のメイド達と一緒にリリが歩いていた。
「リリさん」
「アルフレッドさん? お洗濯を持ってきたんですか?」
「いや……仕事はもう終わった?」
「はい、今日は何だか順調でいつもより少し早く終わったんです」
「それなら少し時間を貰ってもいいかな」
「? はい、大丈夫です。みんなは先に宿舎に戻っていていいよ」
リリと一緒にいたメイド達が、こちらに意味深な視線を向けヒソヒソ話しをしながら宿舎の方へと帰って行った。
こんな誰が来るとも分からないような場所では恥ずかしいので、人気の無い厩舎裏へと連れて行くとひとつ息をついて心を落ち着かせた。
リリもこんな所へ連れてこられて落ち着かないようでキョロキョロとしている。
「あの……アルフレッドさん、どうしたんですか」
「この前街で食事をした時、言い忘れたことがあったんだ」
「何でしょうか」
「リリさんじゃなきゃ出来ない事があるよって伝えたくて。俺、リリさんと一緒にいると凄く癒されるんだ。君の笑顔を見ていると嫌なことを全て忘れられる。これは他の誰でもない、君じゃなきゃ出来ない事なんだ。だからこれからもずっと俺のそばに居てくれる?」
「…………わ、私でいいんですか?」
「リリさんで良いんじゃなくて、リリさんじゃなきゃダメなんだよ」
「はい……私もアルフレッドさんの事大好きです。傍に居させてください」
気が付いたらリリの体を引き寄せて抱き締めていた。
小さくて温かい。まるでうさぎでも抱きしめているみたいだ。
***
リリに告白をした日以降、フェルディナンド中佐の態度が元に戻った。いや、元に戻ったどころか機嫌が前よりも良くなった。
胃に穴が空く前で良かったと安堵していたら、アリシアから今回の事の顛末を聞かされた。
アリシアが自分とリリの仲を取り持つ為に奔走していた事はいいとして、まさかアリシアが俺の事を好きだとフェルディナンド中佐が勘違いしていたとは。
…………これって完全にとばっちりじゃねーか!!!
中佐が悪いと言うよりは、これは完全にアリシアのせいだな、うん。
アリシアは全然気付いていなさそうだけど、中佐がアリシアの事を好きなのは確実だ。
あの完全無欠の王子様でも一人の女性に振り回されるんだな、と思うと妙に親近感が湧いてくる。それも相手がアリシアときた。
「アリィは一筋縄じゃいかないからなぁ……」
「なに、アル兄。こっち見てニヤニヤして、気持ち悪いんだけど」
アリシアが訝しげな顔をしながら、装蹄師長に作業所の全面掃除を言い渡されて棚を磨き上げていた手を止めた。
「中佐を気の毒に思っていただけだよ」
「はあ?」
さあ早く仕事を終わらせて食堂へ行こう。愛しいリリが待っている。
俺の癒しの天使様。
これにてアルフレッドの番外編のお話は終わりです。
アルフレッドは元々リリの事が気になっていたみたいですが、アリシアのお陰で強く意識するようになったみたいですね(ơ ᎑ ơ)
次回からは本編に戻ります〜




