決死のお願い
馬それぞれに個性があって向き不向きがある。不向きな所へ配置されてしまっては馬が不憫なので、なるべく要望にピッタリな子を選んであげたい。
常用馬だけどこの人は軍人。となるともしかしたら、魔獣や或いは武器を持った人間と戦わなければならない場面に突発的に遭遇するかもしれない。ある程度肝のすわった馬の方がいい。
それに身長的にも筋肉の付き方的にも、体重はそれなりにあるだろう。大きな身体の馬の方が良さそうだけど、あの気性の荒そうなクルメルを手懐けているところを見ると、性格は難アリでも良さそう……となると……。
ブツブツ言いながら考え込んでいると、再び脳内に男の声が割り込んできた。
「ところで貴女はなぜ、男装をしているのですか?」
「男装? ああ、これは男を装っているのではなくて男の服を着ているだけですよ」
この国の女性用の服と言えば、ブラウスに刺繍の施されたスクマンと言うジャンパースカートを履くか、もしくはワンピースを着るのが普通だ。
そして今、アリシアが着ているのはブラウスの上にベスト、そして下はズボンを履いている。つまりは男性用の服。
女性がズボンを履くことなんてこの国では有り得ないので、野良仕事だろうが、掃除女中だろうが、馬に乗ろうが普通はスカートを履く。
それなら何故アリシアがズボンを履くのかと言えば、ズボンの方が馬に乗り降りしやすいし、他の作業中もスカートだと裾が引っかかったりめくれたりと気が散りやすくなる。
作業効率を重視すると男性用の服を着る、と言う結論に至っただけで人並みにオシャレは好きだし、「男に生まれたかった」だとか「男装が趣味」だとか言うことは全く無い。
それでもこの格好にプラスして、アリシアは女性にしては高身長でアルト声、体つきも豊満とは言い難いので時々本当に男と間違えられる。
「ヒラヒラしたスカートは作業しにくいので、男性用の服を着ているだけです」
なおも不思議そうな顔をしている王子に説明を付け加えると、なるほど、と頷いた。
「合理的な考えだな」
この男、なかなか物分りがいい。
父なんていつも「年頃の娘がそんな格好をして!」とグチグチ言ってくるし、兄は「そんなんだから嫁の貰い手が見つからないんだ」とか言ってくるしで、正直ウザい。
ちょっと気分を良くしたアリシアは、この王子にピッタリそうな馬を思いついたので馬房まで連れていく。
「この子なんていかがでしょうか。忍耐強い性格で長距離の移動に向いていますし、訓練次第では魔獣や血の匂いも過度には恐れなくなるかと思います」
「試しに乗ってみても構わないか?」
「もちろんでございます」
手早く馬装を整えて馬場に連れて行くと、王子に騎乗してもらう。
さすがは上級仕官で紫紺の騎士の称号を持つだけあって、騎乗姿が様になる。
初めてこの馬に乗ったとは思えないほど息もピッタリ合っているし、なにより馬自身も嬉しそうだ。
王子はひとしきり馬場の中で乗り終えると、馬の首筋をポンポンと愛撫をしながらアリシアに近付いてきた。
「貴女の見立て通り、いい馬だな。驚くくらいしっくりときた」
「満足頂けたようで何よりでございます」
乗っていた馬の手入れは他の従業員に頼んで、アリシアは王子を休憩室へと案内する。
「先程の馬で決定と言うことでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。まさか一発で選べるとは思わなかった」
王子は満足気な笑みを浮かべると、長椅子へと腰掛けた。
この部屋はアリシアが日中、仮眠を取るために設けてある部屋で、男性である他の従業員はもちろん、父親や兄も無断では入ってこない。聞かれたくない話をするのにもってこいの場所。
父が普段いる事が多い事務所兼自宅ではなく、敢えてこちらに王子を連れ込んできた。
「お引き取りはどうなさいますか?」
「後日、改めて使いの者に取りにこさせよう」
「かしこまりました。ところで……その……大変厚かましいのですが、一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 貴女にはいい仕事をして貰ったし、内容次第では聞き入れよう」
「そのですね……子種を頂けませんか」
「は?」
これまでずっと笑顔を絶やさなかった王子の顔が間抜けに歪んだ。
それはそうだ。いきなり自分の馬の子種を欲しいなんて言ってくる奴はそうそういない。
「お会いした瞬間、いえ、一目見たその瞬間に恋に落ちてしまったんです!」
「君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろんでございます! スっと通った鼻筋に誇り高く澄んだ瞳、逞しい筋肉とさらりと流れる(たて)かみ。どこをどう切り取っても完璧としか言いようがありません!」
もはやアリシアの頭はクルメルの事でいっぱいになっている。黒光りした青毛が今思い出してもうっとりとするほどカッコよく、少々性格が難儀そうなところもまたグッとくる。
高貴な御方の馬の種付けをお願いしている所なんて聞かれたら、父親に何を言われるか分かったもんじゃないので、話を聞かれないようにこの休憩室へと先に来てもらった。
「いや、その...」と驚いている王子に、さらにアリシアは畳み掛けるようにしてグイグイ迫る。
この機会を逃したら、二度とクルメルの馬主であるこの王子には会えない。決死の覚悟でお願いをしているのだ。
「子供が出来たら、絶対にいい子が生まれると思うんです。私が見立てを間違えた事などありません。御礼なら幾らでも致しますから!! 」
「こんな所に連れてきて鍵までかけたという事は、今すぐに、というつもりなのか?」
「殿下が今すぐで良いと仰るのなら構いません!」
丁度今は冬が終わり春がやってきた所。馬たちの恋のシーズンが始まって、既に発情を迎えていそうな子もいる。選べる子は少ないが、この人が今すぐと言うのなら、今すぐにでも構わない。
「認知はしなくてもいいな?」
馬の認知って何だよ。
と脳内でツッコミを入れつつ「もちろんです」と答えると、王子がフッと不敵な笑みを浮かべた。
「……そこまで言うのなら分かった」
「え!! 本当ですか!?」
アリシアが歓喜の声をあげると突然、視界がグルリと回った。
馬豆知識〜(。・ω・)ノ
馬の繁殖期はだいたい春~夏の終わり・秋のはじめくらいです。牝馬は繁殖期中はいつでもウェルカム!な訳ではなく、3週間くらいの周期で発情します。