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アリシアがリリとアルフレッドをくっ付けようとした時のお話し。食堂でアルフレッドが初めてリリと会った後から始まります。
アルフレッド目線でどうぞ(*っ´∀`)っ
何でだ。
俺、何かしでかしたのか……?!
ここ最近フェルディナンド中佐の機嫌が悪い。
いや、正確に言うと自分にだけ当たりがキツくなったと言うか、冷たくなった。
いつもなら挨拶をすれば、男でも惚れそうになるような爽やかな笑みで挨拶を返してくれるのに、無視まではしないものの素っ気ないし、何より視線が怖い。
怒っている。と言うのとはまた違うんだよなぁ。
まるでヘビに睨まれたネズミのような気分になる。
アリシアの言う通り仕事のことでのミスならきちんと指摘してくれる筈だし、もしかして馴れ馴れしくし過ぎとか? それでも直接言ってきてくれそうな気がするんだけど……。
本人に直接聞いてみるか?
「なんで最近冷たいんですか?」
って、恋人同士か! 気持ち悪いっ!!!
「はあぁぁぁ……」
アルフレッドはおもーいため息を付いて布団に潜り込む。
それにしてもさっきのリリさんっていう子、可愛かったなぁ。
黒いクリクリとした瞳と小柄な体が小動物っぽくて、見ているだけで癒された。取り分け今は中佐の事で胃がキリキリしているだけに、余計に心が和む。
あんな華奢で小さい体なのに、軍部の洗濯係なんてハードな仕事をよくもまぁこなせるものだ。
せっせと洗濯する姿を思い描くと何だか微笑ましくて、思わず顔が綻んでしまう。
明日も一緒に食事取れるかな……。
リリの顔を思い出しながら、アルフレッドは夢の中へ落ちていった。
***
お昼にパプリカ入りのチーズスプレッドを塗って挟んだサンドウィッチを作業所の隅で食べていると、アリシアもサンドウィッチを片手にやって来た。
朝と夜は食堂で食べるが、昼食はどこの部門で働いている人でも、こうしてそれぞれの持ち場で食べる事が多い。
「アル兄お疲れさま」
「今から装蹄の仕事?」
「うん。もうお腹ペコペコ」
アリシアはフェルディナンドの馬の世話を終えるや否や薔薇厩舎へ行って王の馬の世話や調教を終えると、だいたいお昼くらいには軍部に帰ってきて装蹄師長に付いて回っている。
男の自分でも舌を巻くくらい、アリシアはよく動き回る女性だと思う。
「陛下の馬の方はどうなの? うまく行きそう?」
「んんー、どうだろ。あと1ヶ月ちょいあるからそっちは何とかなると思う。原因は分かったし」
「『そっちは』って言うと? 他に何かあるの?」
「フィンダスって歩様が特徴的で見ていて惚れ惚れするんだよねぇ。あの子を常用馬として使うの勿体ないなぁって思ったりして。私としては馬車を轢かせたら絶対カッコイイと思うんだけど」
「アリィ、悪いことは言わないから陛下に言われたことだけやりなさい」
「えー、アル兄だって見たら絶対、私の意見に賛成すると思うよ」
「うんうん、アリィの馬に対する目利きが間違いない事は知っているよ。でもね、相手は国王だから。その辺の商人にどの用途で使うのが良いかをオススメするのとは訳が違うんだからね」
「むー」
「むー、じゃない。悪い事は言わないから、とにかく大人しくしてなさい」
「へーい」
ダメだ。絶対に分かってない。
アリシアは昔っからこうだ。馬の事となると熱が入りすぎて周りが見えなくなる。
アリシアと出会ったのは俺が14歳で、装蹄師の弟子として牧場に出入りするようになった頃。
アリシアはまだ10にも満たない年齢だったけれど、既にどの馬を掛け合わせて繁殖するのか全てアリシアが決めていた。
時々アリシアは馬と話が出来るんじゃないかと思うくらい馬の扱いに長けていて、牧場主である父親もアリシアの意見はいつも尊重しているようだった。
そんなアリシアはよく装蹄師の兄弟子達とも意見が合わないと喧嘩して、仲裁に入るのが大変だったのは今となってはいい思い出。
フェルディナンド中佐が買い付け先の牧場でアリシアを引き抜いてきたと聞いた時にも、驚きはしたけど納得だった。
そして、彼女の実力と才能を短時間で見抜いた中佐も流石だと思った。
大好きな繁殖が出来なくなるのにどうやって引き抜いてきたのか不思議だったけれど、まさかクルメルの種付け料代わりだったとは……これには思わず苦笑いしてしまった。
アリシアはサンドウィッチを一気に食べ尽くすと、今度は紙包みから小さなスコーンのような形をしたパン「ポガーチャ」を取り出して食べ始めた。
「アル兄も食べる?」
「ありがとう」
口に含むとサワークリーム独特の風味とコクがあって、強めの塩気がワインを飲みたくなってくる。
「ねえねえ、アル兄ってまだ結婚してないんだよね? お付き合いしている人とかいるの?」
「ぶほっっ!!!」
まさか馬にしか興味のなかったアリシアからそんな質問が飛んでくるとは思わず、ポガーチャを吹き出してしまった。
「な、なに、急に」
「だってアル兄って私の5つ上でしょ? まだ独り身なのかなぁって思って。それで、恋人はいるの??」
ははぁ、これはきっと親父さんに結婚をせっつかれてるんだな。女性で19歳ともなると結婚して子供がいてもなんの不思議もない。同類に入る自分の結婚事情が気になるって訳か。
「いないよ。そろそろ結婚した方がいいとは思ってるんだけどね……」
多分、今実家に帰ったり、お世話になった師匠の所へ行ったら縁談話をわんさか持ってこられそうだ。最近では装蹄師長から、さっさと嫁を貰って両親を安心させてやれ! と口癖のように言われている。
「じゃあさ、どんな女性が好みなの?」
「ええ? 自分の事を好きになってくれたらどんな人でもいいよ」
「あー、そう言うの要らないから。ほら、あるでしょ? メロンみたいな巨乳がいいとか、赤ちゃんをいっぱい産めそうな安産形がいいとか」
「もうちょっとさ……オブラートに包んでくれない?」
「んんー、ならセクシー系とカワイイ系なら?」
「カワイイ系、かなぁ」
「頼りになる姉御肌と庇護欲をそそる妹系」
「妹系」
「お目目パッチリタイプとスっと切れ長タイプ」
「パッチリくりくりタイプで」
「よしっ!」とアリシアがガッツポーズを取っている。一体何なんだ。
「さぁ、俺の女性の好みなんてどうでもいいからそろそろ仕事に行くよ」
「だね」
ポガーチャを食べていた手をパンパンと叩いて装蹄の準備へと取り掛かる。
えーと、午後から装蹄するのは、と…………。さっきアリシアに好みのタイプを質問された時、何故だかリリの顔が頭に浮かんだんだよなぁ。
………………あれ、何だこれ。
いや………………ええ?!
自分が恋をしているかもしれない事に気付いたら急に心臓がバクバクしてきた。
「アル兄? 何だか顔が赤いよ」
「え゛、そそそそうかな? いやぁ、今日は暑いな」
「ねえ、その蹄鉄、アイラのだよ。バルーのはこっち」
「ご、ごめん」
「全くしっかりしてよー」と呆れ顔でアリシアが準備をし直している。
よしっ、仕事だ、仕事!!
気合いを入れるために自分の頬をパンっと思いっきり引っぱたき、無理やり邪念を追い払った。




