フェルディナンドと言う人
真面目、だよなぁ。
給餌用の樽をゴシゴシと洗いながら、先日のフェルディナンドとの会話を思い出す。
まさかあんな風に自分自身の事を考えていたとは。
もっと自信満々な人かと思っていたのに。
重圧に耐えること無く自由にやれる身分なんて最高じゃん!とアリシアなら思ってしまうけれど、そうじゃないんだ……。
まるで他人の秘密を知ってしまったようで、ものすごく心地が悪い。
一体どういう答えを求めて話してきたんだろう。どう答えてあげるのが正しかったんだろう。
悩み事を打ち明けられたり相談されたら、その人の身になって考えろ。だとか、心に寄り添うようにってよく言うけれど、そんなの無理だ。
フェルディナンドは王族で、一方アリシアはただの平民。しかも捨てられていたような子。立場が違いすぎる。
だからただ、一般市民としての意見を述べるだけしか出来なかった。
フェルディナンドの様子を見るからに、とりあえず気分は害してなさそう。と言うよりかは、これまで以上に仕事に力が入っているように見えるので、良かったということにしておこう。
最後の樽を洗い終えて片付け、今度は馬具磨きへと馬具置き場に入ろうとした所でヴァルテル中尉がやって来た。
「アリシアちゃんご苦労さま。今日はここで仕事?」
「はい。ヴァルテル中尉も馬具磨きですか?」
「うん、御一緒させて頂いてもよろしいでしょうか、お嬢様?」
「もちろんでございます」
くすくすと笑いながら部屋に入り、香油を手に取る。
騎士の称号を貰えると自分の馬を置けるだけでなく、馬具も自分の専用品を持てるようになる。
ヴァルテルとフェルディナンドの馬房は隣合っているという事もあって、馬具置き場が一緒。時々こうして一緒に、馬具の手入れをしている。
そんなの下級兵かフリーの厩番にでも頼んでしまえばいいのに、マメな男だ。
「その香油いい香りがするね」
「あぁ、この前フェル様に頂いたんですよ。水仕事をすると手荒れをするので」
フローラル系の乙女チックな香りがする香油を手に塗り混んでいると、ヴァルテルがクンクンと匂いを嗅いできた。
馬は臭いに敏感なので香りのするものはあまり付けたくないのだけど、馬に触れることの無い仕事終わりになら良いかな、と思って使っている。
この間一緒に立ち寄った街で、洗濯で手が荒れるリリにと思って香油を買ったら、「自分にも気を使え」と言って買ってくれた。
「フェルディナンド中佐に貰ったの?!」
「? そうですよ」
「へぇーー、へえーーーーーーー」
女性にプレゼントくらい、あの男ならいくらでもしているでしょうに。
何やらニヤニヤしているヴァルテルをよそに、予め拭いて乾かしておいた頭絡に革用の油を薄く塗り込んでいく。
フェルディナンドの頭絡には、額革の所にゼラニウムの花を模した刺繍が施されていて、なかなかオシャレなデザインだ。
「フェルディナンド中佐と言えば、聞いた? 昇級の話」
「いえ、そうなんですか?」
「准将だってさ。引退したり、上級士官の内の何人かが近衛隊の方に移動になったって言うのもあるけど、この前の過激派討伐が決め手になったみたいだね。トントン拍子で上がっていって、羨ましいねぇ」
「ヴァルテル中尉って心が広いですよね」
「え、何で?」
「そんな風に言っている割に、あんまり悔しがらないじゃないですか」
ヴァルテルはどちらかと言うと嬉しそうに見える。他人の昇級を喜べるなんて、かなりの善人だと思う。
「悔しい……かぁ。悔しがる要素がないよ。あの方が昇級するのは当然だと思うから」
「随分とフェル様の事を買っているんですね」
「そうか、アリシアちゃんは知らないのか。フェルディナンド中佐は僕と同期って言うのは知っているよね。当時僕は17歳で、武器や馬の扱いは出来たから下級士官の軍曹からスタート。一方中佐は14歳。他の人と同じく最下級兵として入ったんだよ。自分の身分を隠してね」
貴族の男子は嗜みとして、武器の使い方や馬の乗り方を学んでいることがほとんどだ。ヴァルテルのように貴族の男子が軍に入る時には、士官からスタートするのが普通となっている。
「なんでまた身分を隠したりしていたんでしょう?」
「多分だけど、誰にも文句を言わせたくなかったんじゃないかな。王子だから、ってさ。僕も当時は王子だって知らなかったから、普通にこき使ってたんだよ。食卓給仕に士官の身の回りの世話や雑用、所謂使いっ走りってやつ。ほら、中佐って男前な顔してるでしょ? だから上官達から結構嫌がらせ受けたりしてたんだけど、文句も言わずに黙々とこなして。それがあっという間に成果を上げてさ」
「今ではフェル様の方が上官になってしまったと」
「くくっ、そういう事。フェルディナンド中佐の凄いところはさ、和を乱したりしないんだよ。時々居るんだよね、成果を上げたいからって1人で突っ走ったりする奴が。でも中佐は周りの状況を見つつ、前線に出て指揮を取ったり時にはフォローに回ったり……統率力のあるお方だよ」
なんだ、自分の方がよっぽど苦労しているじゃないか。
前にアリシアが生い立ちを話した時に「苦労したんだな」なんて言っていたけど、フェルディナンドなんて自ら苦労する道を選んでいるじゃない。
アリシアは捨てられた時の記憶なんて残っていないし、なんなら養父に可愛がられながら牧場で好き放題やらせてもらって、全然苦労なんてしていない。
「いつフェル様が王子だって分かったんですか?」
「3年前に建国800年の祝賀があったでしょう?」
「あぁ、ありましたね」
100年ごとの節目の年という事もあって、王都だけではなく、街々でもお祝いムード一色だった事をアリシアも覚えている。
フラッグや花飾りで街中は飾られ、ダンスや出店、騎馬戦などのイベントもそこかしこでやっていた。
「あの時王宮で行われた祝賀会に僕も警備で出てたんだけどさ、居たんだよ、王族席に。いやー、あれには僕を含めてみんなびっくりしたよ。さっきまで隣で同じ釜のパン食べてた人が、第6王子として座ってるんだからさ。揖斐っていた上官なんて真っ青さ」
「それでは、それまで社交界には参加していなかったのですか?」
「うん、そう。僕も舞踏会とか茶会で見かけたこと無かったし。軍部でも大将と他数名、あと近衛隊でも中佐が軍務につく前に警護についた事のある何人かしか知らなかったみたいだよ。だからみんなさ、あの方について行くんだよ。自分の実力と努力だけでのし上がった、正真正銘の叩き上げってやつだから」
「へえ……。なんだかさっきからフェル様の事をめちゃくちゃ褒めそやしてますけど、もしかして何か言われました?」
「まさか。むしろこんな風にペラペラ喋ったって知られたら締め上げられちゃうよ。という事でナイショにしておいてね」
ヴァルテルが器用にパチンっと方目を閉じて見せた。
「となると、女好きなのが玉に瑕ですね。メイド達の間でも有名ですよ、プレイボーイだって」
ここまで功績を積み上げておいて何だかもったいない。もしかしたら女遊びが好きで結婚しないのかもしれない。
「いや、中佐は女好きなんじゃなくて、むしろ……」
ヴァルテルが何かを言いかけたところで、トントン、とノック音がした。
「どうぞ」
「あの、仕事中に失礼します。アリシアさん、今いいですか?」
男性が2人、遠慮がちに入ってきた。馬の顔と名前は一瞬で覚えられても人の方はからっきしなので、この人たちが誰なのかまでは覚えていないが、着ている制服からして軍部の厩番のようだ。
「何ですか?」
「その……俺が今担当している馬、癖がなかなか直らなくて……。良ければ1度、見てもらえませんか?」
「ぼ、僕の方の馬は、後退をなかなか覚えてくれなくて困っていて。いい方法はないでしょうか」
「え、えーと……」
見てあげたいのは山々だけど、以前ヴァルテルの馬を馬房に連れ帰っただけで怒られた。勝手に人の事を手伝うと、もしかしたらこの人たちが怒られてしまうんじゃないだろうか。
困ってヴァルテルの方を見ると、ニコリと笑って頷いた。
「中佐の事なら大丈夫だと思うよ。あの時はアリシアちゃんで無くてもいい事を頼んだからで、今回みたいなのは別でしょ。厩番達の技術の向上と馬自身の向上の為なら中佐だって文句は言わないよ」
「……そうですよね。それではちょっと行ってきます」
人に頼られるのってちょっと嬉しいかも。
アリシアは手入れ道具を手早く片付けて、先程の厩番の男たちと話をしながら問題の馬の方へと向かった。
「あーぁ、これは中佐、また拗ねちゃうなぁ」
ヴァルテルはひとり苦笑いを浮かべながら、アリシアの片付け忘れた香油を棚に戻した。
どうでもいいかもしれないその後の話〜\( 'ω')/
お話しがダラダラしちゃうので省きましたが、街に立ち寄って踊った後ベンチに戻ったアリシアは冷めてしまったグリルソーセージにショックを受けます。
アリシア「焼きたて熱々がいちばん美味しいのにー(涙)」
という事で、フェルディナンドがもう一本買って冷めたのをフェルが、熱々をアリシアが食べました((´∀`*))フェル様優しいですねー
その後馬たちを取りに行く途中香油を見かけて買いました。




