意見
「おかげで割と自由にやらせて貰っているから、満足しなくちゃいけないんだろうけど」
「満足していないんですか?」
「……分からない」
あんまり踏み込んじゃいけない質問だったのかもしれない。
沈黙がつづくと、音楽と話し声、かがり火の音でさえも騒がしいくらいによく聞こえてくる。
「俺は……お前が羨ましい」
「?」
「誰かにもっと見て欲しいとか認めてもらい、必要とされたいって思った事はあるか?」
フェルディナンドの意図が読めず黙っていると、先程牧場にいた時にしていた、自嘲するような笑みをみせた。
「世間では俺の事を英雄だとか救国の王子だとか言って持て囃しているけれど、本当はそんなんじゃない。
同じ王の子でも1番初めに産まれた者と6番目に産まれた者の差は歴然。王位継承権からは程遠い俺は、いつも誰かに必要とされたくて必死なんだよ。
民のためじゃない。全部、自分のためなんだ。
自分の承認欲求を満たすためだけに行動しているなんて、みっともないだろ?我ながら小さいヤツだと思う」
ここまでひと息に話し終えると、小さく息をつき「だから……」と付け加える。
「何にも心を捕らわれずに自分がしたいと思う事をするお前が羨ましい」
フェルディナンドの突然のぶっちゃけ話に驚きつつも、アリシアはふぅむ、と一拍だけ考えて口を開いた。
「そんな事はないです。私も承認欲求の塊みたいなものですよ」
「ほぅ? 俺にはそうは見えないが? 厩番の仲間からも、下級兵から疎まれても平気な顔をしているじゃないか。俺にも装蹄師長にも、厩長にも媚びないしな 」
「私は人ではなく馬に認めて欲しいんです。馬に『この人間ならオレの事を分かってくれるな』って思って貰えたら最高。
承認して欲しい相手が人ではないというだけです。だって私は厩番ですからね。
商人なら商才を、職人なら技術を、そしてフェル様は王族ですから王族として認めてもらいたいと思うのはごく普通のことでは?
むしろ認めてもらいたいという気概が無ければ向上心など生まれません。のんべんくらりと生きていく者ばかりになってしまうじゃないですか」
「王族として、と言うなら、民の為に尽くすのが王族の務めでは無いのか? 俺は、俺のことしか見ていない」
「うーん。民からしてみれば、敵を打ち払い自分たちの暮らしを護ってくれれば、フェル様の動機なんてどうでも良いんですよ。
民にとって1番大事なのは自分たちの暮らしの安寧です。民のためだとか言ってトンチンカンな方に努力されても困りますし、自分達にもたらされる恩恵が全てなんです。
その点フェル様はどんな戦場や魔獣の居る所にも進んでいって、前線で武器を振るい結果を出しているではありませんか。民にとってはそれだけで十分、王族としての務めを果たしていると見えますよ。
それに、フェル様が自分の事しか考えていないなんて私は思いませんけどね。
もし自分に注目を集めたいだけの勝手な人だと言うなら、もっと汚い手や権力を使って上にのし上がっていたハズです。
私はフェル様がどうやって今の地位を手に入れたのかまでは知りませんけど、でも、部下の方や私たち使用人に対する態度を見るからに、ご自分の努力と功績で手に入れたのでしょう。
それこそ民が思い描く『王族像』ど真ん中だとおもいますけど」
フェルディナンドが部下や厩番、メイドをはじめとした使用人達へ横柄な態度をとっている所を見た事がない。馬一頭ですら手に追えないと捨てることなく可愛がるような人だ。
女性関係はともかく、仕事においては皆から慕われて信頼をされているようなので、姑息な手段を使って手に入れた地位ではないのだろう。
あまりにも一気にしゃべり過ぎて喉がカラカラになってしまった。残っていたレモネードを飲んでいると、フェルディナンドが笑いだした。
「まさか、お前にこんな風に慰めてもらえるとはなぁ」
「慰めてなんかいませんよ。ただの、一人の民としての意見です」
「ふっ……そうか……」
かがり火の周りで踊る人々を見ていたフェルディナンドが、アリシアの手を取り立ち上がった。
「1曲付き合え」
「えぇ? ヤですよ、踊るの得意じゃないですし」
「嬉しいとよく、クルクル回って踊ってるじゃないか」
「それとこれとはまた別で……」
だって相手は王子だ。パーティーではご令嬢と優雅に踊っているんだろうから、街中の祭りとは言え自分が相手ではいくらなんでも恥ずかしい。
「貸し、あっただろ? 今返せ」
「ひゃあっ!」
無理矢理手を引っ張られて、広場へと連れ出された。
どうしよう、とオドオドしているとフェルディナンドが軽やかにステップを踏んでアリシアをリードする。
あたりは既に日が暮れて暗くなり、かがり火の灯りがチラチラと揺らめく。
陽気な音楽に合わせて大勢の中で踊っていると、だんだん楽しくなってきた。
くっついたり離れたり、回ってみたり。大人も子供も、上手い人も下手な人も、それぞれが、それぞれの思うままにリズムに乗せて体を動かす。
「その意気だ」
アリシアを引き寄せたその瞬間に、フェルディナンドが耳元で囁いた。
いつものThe王子様な小綺麗な笑顔より、こっちの顔の方が好きだな。
少年のように笑って踊るフェルディナンドを見て、ふとそんな事を思った。
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