順番
「クルメルがミンカを気に入ってくれて良かったですよ。たまーに牝馬を牡馬が気に入らないって事もあって」
無事に事を終えると、紙を片手に厩舎を見まわる。その横を、げんなりした様子のフェルディナンドが付いてきた。
「そんな事もあるのか。それで、今は何をやっているんだ?」
「掛け合わせをどうするか考えてるんです。牧場を出る前に誰にどの子の子供を産ませると良いか父に教えておいたんですけど、私がいない間に何頭か新しい子が入って来ているので改めて練り直しているんです」
馬の繁殖期は春から秋にかけて。
夏の今はアリシアが牧場にいた時からいる馬の種付けはだいたい既に終えていて、まだ妊娠出来ていない馬や新しくやって来た馬を見て、どう組み合わせたら良い子が産まれそうかを想像してみる。
ついでに馬祭りの時にアリシアが乗った元野生馬もこの牧場で調教されているところで、今では種馬になっている。
「……いったい何がお前をそんなに掻き立てるんだか」
「何がって、繁殖ほど面白いことはないでは無いですか! だってですよ。砂糖と塩、匙1杯ずつまぜたら、必ず同じ味になりますよね。何度やっても同じ結果。でもフェル様は7人兄弟でいらっしゃいますでしょう?王と王妃、同じ掛け合わせなのに7人とも全く違う人が産まれてくるんですよ! 」
「掛け合わせって……そろそろ不敬罪でしょっぴくぞ」
「あー、コホンっ、失礼ました。同じ組み合わせって言えばいいんですかね? これってものすごく不思議じゃないですか?! これぞまさに生命の神秘!!!!」
この国は一夫一妻制。他国だと側妃だとか言うのを設けたりする所もあるようだが、この国では宗教上、それは許されない。
不貞疑惑は聞いたことがないし、7人とも間違いなく王と王妃の子供なんだろう。
顔がどことなく似ているとは言え、性格も背の高さも声も、更には性別さえも違う人が産まれてくるなんて。それも、何十回、いや何百回とやったとしても違う人が産まれてくるというのはフシギでならない。
馬だって同じこと。
前回と同じ掛け合わせにしても、全然違う子が産まれてきたりする。
産まれてくるまでどんな子か分からない、博打にも似たこのドキドキワクワク感。
やめられない。
「同じ組み合わせ、か。順番が違うだけなのにな」
拳を固く握りしめ熱弁していると、フェルディナンドがボソリと何事かを呟いた。
「順番? 何ですか?」
「いや、何でもない」
一瞬だけ自嘲めいた笑みを浮かべると、直ぐにまた、いつもの爽やか好青年の顔に戻った。
……まあ、いいか。
「あ、そう言えば、父に厩番仲間とのこと、黙っておいて頂いてありがとうございました。」
父に王宮での暮らしぶりを聞かれた時、フェルディナンドは厩番仲間や下級兵から冷たくあしらわれている事を話さなかった。
ここ最近は薔薇厩舎に行ったり装蹄師長に付いて回ったりだったので、クルメルの世話以外のことはほとんどやれていない。
メイド達からは「カッコイイ!」ともてはやされてしまっているけど、厩番仲間からは多分、ますます嫌われ疎まれてしまっているだろう。
「お前を連れ戻されでもしたら困るからな」
「確かに、やりかねませんね」
父はあんな風にアリシアの事を言ってくるけれど、かなり可愛がってもらっているという自覚はある。王宮に行く前日の夜中に、こっそり泣きながらお酒を飲んでいたことだって知っている。
仲間からよく思われてないと知れば、牧場に無理矢理にでも引っ張って連れ帰らされそうだ。
「よしっ! これで完璧」
「終わったか? それなら帰るか」
改めて追加で考えた繁殖計画表を父に渡すと、再び馬に跨り王宮へと向かう。
日が傾き薄暗くなってきたところで、街に入って休憩をとることにした。
今日は夏祭りをしているらしく、広場では屋台が立ち並び、陽気な音楽と共にかがり火の傍で人々が楽しげに踊っている。
とりあえずクルメルとバームスを馬を一時的に預かってくれる厩舎へと預けておき、人で賑わう広場の方へと向かうと、肉の焼ける匂いや甘いお菓子の匂いがいたる所からしてきた。
「あー、あちこちからいい匂いがしますねぇ」
「何を食べたい? 買ってくる」
「え? 屋台で済ませちゃって良いんですか?」
「たまには悪くない。それにお前の腹の虫がうるさいしな」
え゛、聞こえてたの?
アリシアの身体は燃費が悪い。すぐにお腹が空く。
「んー、それではあそこのポンポシュを食べたいです」
「分かった。そこで待って……いや、やっぱり一緒に付いてこい」
夜の街中に年頃の女性を1人にするのはマズいと思ったのか、フェルディナンドなりに気を使ってくれたようだ。今日は女性物の洋服を着ているのでちゃんと女に見える。
だからと言って、何で手をひいて歩く必要があるんだろう?
子供じゃないんだからちゃんと後ろに付いて歩けるのに。じわじわと変な手汗をかいてしまって気持ちが悪い。
目当てのポンポシュとグリルソーセージそれからレモネードを買い込み、広場に設置してあるベンチに座るとようやく手を離して貰えた。
早速焼きたてのポンポシュにかぶりつく。
ふわふわとしたピザ生地の上には玉ねぎとスパイスの効いたサラミ、そしてチーズ。サワークリームのソースが爽やかで屋台の定番の味。
「前から思っていましたけど、フェル様って結構庶民的ですよね」
アリシアに時々買ってきてくれるのは、その辺で売っているような、なんてことの無い食べ物だ。それを時々一緒に食べている。
横で同じくポンポシュに齧り付いているフェルディナンドに話しかけると「そうかもな」と頷いた。
「王の子とは言え6男ともなると結構扱いが適当だからな。1番上の兄は多分、ポンポシュがひとつ幾らするのかすら知らないんじゃないかな。もしかしたら街中でまともに買い物すら出来ないかもしれない。ぼったくられそうだ」
フェルディナンドはくつくつと笑うとレモネードを飲み干した。




