種付け本番
1週間後、久しぶりに実家のある牧場へと帰る日がやって来た。
クルメルの馬装を終えて、次にバームスの馬装の準備をしようとするとフェルディナンドがやって来た。
「バームスの馬装もするのか?」
「ええ、そうですけど?」
「俺はてっきりクルメルに相乗りして行くのかと思った」
「なっ、1人で乗れますよっ! それに、クルメルが疲れちゃうじゃないですか。着いたら1発かまして貰わなきゃならないのに」
「お前、それを貴族のご令嬢方の前で言ってみろ。卒倒されるぞ」
「お仕事ですよ、お・し・ご・と!!」
妙な想像をしているのはそっちじゃないか。こちとら真面目に仕事でやっているんだ。
「冗談、冗談」
ちょくちょく茶々を入れてくるフェルディナンドの相手をしながら、バームスの準備も終わらせると、それぞれ馬に跨り王宮を出発した。
賑わう街中を抜け、畑を抜け、更に進んでいくと草原が広がる。
このキシュベル王国の国土の大部分は山脈のふもとに広がる平野部で、涼しく乾燥した気候だ。
遠い昔、南東の地に住んでいた遊牧騎馬民族が遊牧に適したこの地を気に入り、定住して国を興したと言われている。
空気はカラリと乾き、夏の真っ只中の今でも朝夕は上に何かを羽織りたくなるが、昼間は照りつける太陽でかなり暑い。
時々馬に休憩を取らせながら街と街の間にある草原に差し掛かると、クルメルに跨り前を歩いていたフェルディナンドがこちらを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
次の瞬間、フェルディナンドが何をするのか瞬時に悟ったアリシアはバームスの腹を思いっきり蹴った。
やっぱりね、やると思った。
クルメルを全速力で走らせるフェルディナンドの後ろを、アリシアもまた、バームスに全速力を出させて走らせる。
数分思いっきり走らせたところでクルメルがゆっくりとスピードを落とし、のんびりとした常歩になった。アリシアはその横にバームスを付けて歩かせる。
「さすが、よく付いて来れたな」
「もぅ、クルメルを疲れさせないでくださいって言ったじゃないですか!」
「でも楽しかっただろ?」
「まぁそうですけど」
実際、最高に気持ちが良かった。
王宮にある馬場は広いとは言っても所詮は囲われた柵の中。
馬が出せる最速歩法の襲歩は出すと危険なので、駈歩までしか出さない。
普段は馬場の中で乗ることの方が圧倒的に多いので、たまにはこう言うのも悪くない。
街中に入りさらに進んでいくと、ようやく牧場に付いた。
「お父さーん、たっだいまー」
馬をいつも来客があった時に用意している馬房へと置いてくると、自宅兼事務所のドアをバーンっと開けて中へ入っていく。
「お父様、ただいま戻りました。だ! 王宮で働くようになって少しは行儀良くなるかと思ったら、全くお前ときたら」
「ご無沙汰しておりました。ご健在そうで何よりです」
「これはこれはフェルディナンド殿下、うちの娘は王宮で上手くやっていますかね」
フェルディナンドがチラリとこちらを見てきた。
「ええ、娘さんの仕事には大変満足しております。国王陛下からの要望にもしかっかりと応えて、陛下の馬も一頭、任されているんですよ」
「そうでしたか!」
「ただ残念なことに、御所望の『旦那さん探し』は難航しております」
「ぶわっはっはっは!! それはそうでしょうな」
そうでしょうなって、納得するところじゃないでしょ。
王の馬の話や装蹄師長の下で修行をしていること、アルフレッドも王宮で働いている事など、王宮に行っている間の出来事をひと通り話終えて、種付けをしに厩舎の方へと移動する。
「今発情してそうなのはミンカ、マギー、ルル辺りだな」
「セムラは?」
「いや、あいつは既に妊娠してそうだ」
「オッケー。じゃあミンカにしよ」
ミンカの尾尻が邪魔にならないように紐を巻きつけて縛った後、小さめな馬場へと連れていき、さらにクルメルをミンカが待機している馬場へと誘導していく。
「この板はなんだ?」
小さな馬場の間には板の仕切りがしてある。
片側にミンカを板近くに繋ぎ、反対側にクルメルを入れてミンカの近くへと連れていく。
「今からミンカがきちんと発情しているかあて馬をして調べてみます」
「あて馬?」
「ええ。クルメルを近づけてみて、もし発情していなかったら蹴飛ばされて危ないですから。なのでこうして板を挟んでおきます。これなら蹴飛ばされないでしょ?」
「なるほど」
「発情兆候が見られなかったら別の子を連れてきますので」
このあて馬をする方法は多分、他の牧場ではやっていない。アリシアが計画的に種付けする為にこうして面倒な作業をしているのだ。
先程までソワソワとして落ち着きのなかったミンカが、クルメルが近づいてくるとじっとして動かなくなった。
尾尻を上げ、さらに排尿もしはじめた。受け入れ態勢バッチリなようだ。
牡馬が近づくと動かなくなるのは乗っかってもOKのサイン。排尿姿勢をとったり排尿をするのは恐らく、尿に牡馬の発情を促すような物が入っているのだろう。
クルメルの方も興奮マックスなご様子で、普段はしっかり収められている男のアレを出しながら雄叫びを上げ始めた。こちらも準備万端。
「良さそうですね。それじゃあクルメル、頑張って!」
2頭をいよいよ引き合わせ、種付けの様子を見逃すまいとじっくりと観察する。
「お前、いくら相手が馬だからって見すぎだろ」
「何言ってるですか! 下手な子だと上手く入れてくれないんですよ。しっかり中に入れて種付けしてくれてるか確認しないと!!」
「……馬も大変だな」
フェルディナンドは哀れむような目で、2頭がよろしくやっている所を見ていた。
アリシアはあて馬による試情検査を本番の馬と同じ馬で行っていますが、こちらの世界(現実世界)では皆さんご存知の通り、当て馬用のお馬さんがいます。その気にさせられるだけで本番はナシです( ;∀;)




