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【電子書籍化】騎士様と厩番  作者: 市川 ありみ
【閑話】ズキュンッ!と来るのは異性だけとは限らない
21/66

2.

洗濯場へと向かう途中の馬場で、今年士官になったばかりの新米騎兵たちが乗馬の練習しようとしている所に出くわした。


「ひゅー、あれが噂の女の厩番かぁ」


「お嬢さん、荷物が重いようでしたらお手伝いしましょうか?」


「お礼は体で、なんてなぁ!」



 なにコイツら!!ムカつくーーー!!!


 男たちがゲラゲラとバカ笑いしているのを思いっきり睨みつけると、1人がニヤァと小馬鹿にしたような笑いをこちらに向けてきた。


「なんだ、嬢ちゃん。何か言いたいことでもあるのか」


「……いえ、なんにありません」


どんなにこちらがムカついたところで何も出来ないし、何も言い返せない。もどかしい! 悔しい!……そして何より、そんな自分が惨めだ。


 女は男に従うもの。


 この国ではそれが当たり前なのだから仕方がない。


 リリがさらにモヤモヤ感を募らせていると、アリシアがため息をひとつ付いて口を開いた。


「フェヘールとセープ、一緒に馬場に出さない方が良いですよ。少なくともセープの隣や真後ろをフェヘールには歩かせないようにして下さい」


「ああ? 何言ってんだ。そんな事、なんでお前に指示されなきゃなんねーんだよ。おい、行こうぜ」


 アリシアの言葉を無視して、新米騎士達が馬場へと入っていってしまった。

 馬に騎乗してしばらくすると、フェヘールと呼ばれていた馬に乗っている男が慌てふためいて大声を上げている。


「お、おい! どうしたんだ??! やめろっ!おい、やめろって!!」


「何やってんだよ! こっちにお前の馬を近づけんな」


「そんなこと言ったって言う事を聞かないんだよ!」


 フェヘールが嘶きを上げながら二足立ちになって暴れている。乗っている男は操作するどころか、しがみついて落ちないようにするので精一杯のようだ。


「だから言ったのに」


 やれやれ、とアリシアはリヤカーを離すと「ほーぅ、ほーぅ」と馬をなだめる声をかけながら馬場へと入っていく。


「馬が立ち上がったら手綱を引っ張らないでなるべく体を前に倒して!じゃないと馬ごとひっくり返って下敷きになりますよ!! それからセープは馬場の外に出して柵を閉じてください」


 アリシアはなだめながらフェヘールの手綱を手に取り、なるべくセープから遠ざけているようだった。


 ようやく馬たちが落ち着きを取り戻したところで、アリシアが男たちに詰め寄る。


「いいですか? セープは今発情期に入っています。フェヘールは玉ありなんですから近づくと交尾したくなっちゃうんですよ!だからきちんと馬を制御出来ないあなた達が乗るのなら、近づけないで下さいって言ったんです。お分かり頂けましたか?!」


「だったら最初っからそう言えばいいだろ!って言うか、きちんと制御出来ないだと?!女のくせして口の利き方に気をつけろ!!」


 理不尽にも言い返してくる男たちの所に、指導役の先輩士官が慌ててやって来た。


「何やってんだお前らは!上級の厩番のアドバイスはちゃんと聞けバカヤロウ!お前らより余っ程馬の扱いに長けてるんだぞ!!アリシア悪いね。コイツらはちゃんと締め上げとくから」


「いいえ、お気になさらず。あと、あっちにいるタヴァシーも使う予定ですか? あの子も多分発情期に入ってそうなので組み合わせに気を付けてください」


「分かった。ありがとう」


 上官にゲンコツをくらって恨めしそうな顔で睨みつけてくる男たちには目もくれず、アリシアは再びリヤカーを引いて歩き出した。


「アリシアは悔しくないの? もっと言って仕返ししちゃえばいいのに」


「んー? 別に。気にしなきゃいいだけだし」


「腹立たないの?」


「ムカつかないって事は無いけど、それで私の何が傷付く訳でもないしなぁ。分かってくれる人はちゃんと分かってくれるし」


 なによそれ、まるで自分なんてどうでも良いみたいな言い方。


 無性にイライラが止まらなくてボロボロ涙が溢れてきた。それを見たアリシアが驚いた顔をしてハンカチを差し出してくれる。


「なにもリリが泣くことなんてないのに。リリは優しいね」


「だって、だって……」


「大丈夫だよ、馬に害が出るようなら私だって黙ってないからさ。その時は完膚無きまでに叩きのめしてやるわよ! もちろん仕事でだけど。だって私、馬の扱いには自信あるからねぇ」


 イヒヒ、とイタズラっ子のように笑うアリシアを見ていたら急に胸が苦しくなった。



 ズキューンってきた?!


 今わたし女の子に、ズキューンってきちゃったよね??!


 他の男どもがゴミカスに見えるくらいカッコイイ。プロフェッショナルだ。


「私、一生アリシアについて行くね!」


「ええ? 何それー」


 春の陽射しを浴びながら、2人できゃあきゃあ笑い合いあってリヤカーを押して、最高に自慢の友達が出来たことを神様に感謝した。

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