恋は突然にやって来る(2)
「あっ、あの、ここここちらの馬は何と言う名前なのでしょうかっ?」
ドキドキし過ぎて舌を噛みまくってしまった。
どうしよう、平常心でいるのが難しい。こんなに魅力的な馬に出会ってしまうとは……。運命の出会いとはまさにこの事。
「こいつはクルメルと言うんだ」
「クルメル……素敵な名前ですね。それじゃあクルメル、疲れたでしょうから殿下を案内している間は馬房に行って休んでいましょうね」
「やっ、やめろっ!!!」
アリシアがクルメルの首を撫でた瞬間、王子が焦っているような大声を出した。
「へ……?ああ、勝手に触れてしまって申し訳ありません」
クルメルをよしよししていた手を引っ込めるとしょんぼりと項垂れる。
やっちまったー。早くクルメルのつやつや、ツルツルな毛並みと逞しい筋肉に触れたくて、うっかり撫でてしまった。高貴な御方の馬なら多分、勝手に触れちゃダメなやつだ。
「お前……クルメルに触れるのか?」
王子が何故か、呆気に取られたような顔で聞いてきた。とりあえず気分を害したようでは無さそうだ。
平民のアリシアの命など、この男からしてみれば軽いもの。まだまだやりたい事が沢山あるので、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
「はい……まあ、なんだか気難しそうな子ですけど」
クルメルを見た瞬間から、この馬は気位が高くて気難しい性格をしていそうだなぁ、とは思った。とは言えこれまでアリシアに懐いてくれなかった馬はいない。どんなに気性の荒い馬だろうと何だろうと、仲良くなれる自信がある。
王子はアリシアの言葉に関心したような表情をすると、手綱を渡してきた。
「それならこいつを馬房まで連れて行ってくれ」
ぃやったーー!と内心ガッツポーズを決めながらクルメルの手綱を取って王子と2人、馬房へと向かった。
クルメルを馬房へと連れて行って別れると、もう会いたくなってきた。これはもう、恋煩いに違いない。もう一度あの毛並みに触れたくて、そばに居たくて仕方がない。
そして願わくばクルメルに、この牧場にいる牝馬に種付けして頂きたい……。
どの子に種付けしてもらうか妄想を膨らませていると、男の声が頭の中に割り込んできた。
「それで、欲しい馬なんだが……」
「え? あぁ、はい。どんな馬を御所望でしょうか」
いかんいかん。王子そっちのけで妄想に耽ってしまった。
改めて王子を見てみると、武官とだけあってガッチリとした体つきで、その上にはいかにも女からキャーキャー言われそうな爽やか系好青年の顔がのっかっている。
そして着ている軍服の胸元には、紫水晶がはめ込まれた勲章。これは紫紺の騎士の称号を賜った者に贈られる勲章で、騎士の称号にも3種類ある。
下から群青、紫紺、紅とくるが、1番上の紅の騎士の称号は、30年くらい前に戦争が終わってからと言うもの誰にも贈られていない。
騎士の称号は大きな武功を立てた者に贈られるもの。今この国で武官が活躍する機会と言うと、警備はもちろんのこと、各地の小競り合いを収めるか、あとは専ら魔獣退治だ。
そういう訳で、最近平和なこの国では良いのか悪いのか、新たな紅の騎士は誕生しなくなってしまった。
今贈られる騎士の称号の中で、実質的には最上級の紫紺の騎士の称号と、そして中佐の地位。
中佐は上級仕官の中では1番下とは言え、この男の年齢はせいぜい23、4歳くらい。かなりのスピード出世である事は間違いない。
容姿も地位も血筋も完璧と言えそうなこの王子………………ん? 名前何だっけ?
確かFのスペルから始まったような気がする。フェレ……いやフェル……?
……あー、もういいや、面倒臭い!「殿下」だけで通じるし。
馬の顔と名前は一発で覚えられても、人の方はからっきしダメなのがアリシアという人間。
思い出すことを放棄したアリシアは、顔に笑顔を貼り付けて王子の要望を聞いていく。
好印象を持たれないと。クルメルの馬主だもんね。
「用途はどのようなものですか? 」
「常用馬だ」
「という事は魔獣には慣れてなくてもよろしいでしょうか? 足の速さよりも持久力優先ですか?」
「そうだな。伝令用には使わないし、長距離を移動するのに向いているやつがいい」
ふーむ、とどの馬と相性が良さそうかを考える。
馬とひと口に言ったって多種多様。
普段使いの常用馬をはじめ、伝令に向いているのは足が速い馬、車を轢く馬車馬、魔獣や武器、血の匂いを恐れず、死体を踏みつけて歩くことを厭わない軍馬、そしてこの人には関係ないけれど農耕馬だっている。
さらには軍馬だって足の速さはそこそこでもパワーがある子は本戦向き、身軽で足の速い子は奇襲向きと、言い出したらキリがない。
読んでくださりありがとうございます\( ´ω` )/
現代では馬は品種分けされていますが、このお話の世界では用途で馬を分けております。
沢山お馬さんが出て来ますので、騎士が好きな方は勿論、動物好きさんも楽しんでもらえると嬉しいです〜