提案(2)
「だが私はこの馬を普段乗って使いたいと思って買ったのだ。それならこの馬を、常用馬として調教・調整するのがそなた達厩番の役目ではないのか。私の命に逆らう意味は何処にある」
「確かに陛下の仰る通りで異論はございません。ただ、私たち厩番は陛下の僕でもありますが、馬の僕でもあります。双方の主にとって最も利を得られる道を提示するのも厩番の役目かと存じます」
「そなたはフィンダスを馬車馬にする事が、私にとってもフィンダスにとっても最良な道だと申すのか」
「左様でございます。陛下のお子様のうち、お二人は文官でございますよね? そしてここにいらっしゃるフェルディナンド殿下は武官でいらっしゃいます。
フェルディナンド殿下は恐らく、幼少の頃から一流の教育を受けられて、語学や算術はもちろん各国の情勢や地理にも精通していらっしゃる事かと思います。
文官としてもきっと申し分なくお役目を果たせそうな人材にも関わらず、敢えて武官の道を歩ませて……あるいは歩むことをお許しになっているのは、それはフェルディナンド殿下が武官として生きた方がより適していると思ったからではないでしょうか」
以前リリから聞いた話では、確か次男は外交官、三男は財務官だと言っていた。
これまでの短い付き合いからでもフェルディナンドが語学が堪能で、国内はもちろんの事各国の事情にも詳しく、頭の回転も早いことも知っている。
父親との関係も良好そうで、早く死に追いやりたい等と言う悪意を王からは感じられない。
それでも文官ではなく武官としているのは、フェルディナンドという人に武官としての適性がよりあるからではないだろうか。
「そなたは適材適所、と言いたいのか」
「はい。馬は生き物です。一頭一頭に個性があり、それぞれに適性がございます。剣や槍のように皆一様ではございません。フィンダスが最も活躍し、陛下にとって一番利を得られる使い方は馬車馬であると提案させて頂きたく、申し上げた次第です」
「なるほど……言いたいことはよく分かった。ただ、そなたに一つ言っておこう。剣や槍も皆一様では無い。造り手によって使い勝手もかなり違いが出る物だぞ? かつて鍛冶屋の娘であった私の母なら、きっとそう言うだろう」
「左様でございますか。知ったかぶりをしてしまいました。お許しください」
「いや、女子が剣や槍の違いなど分かる世にしたいとは思っていない。私の国づくりはそう言った点では間違っていないという事だな」
王はくつくつと笑うと、フェルディナンドの肩を叩いた。
「フェル、お前は本当に面白い厩番を見つけてきたな。この厩番の言う通りフィンダスは馬車馬として使う事にしよう。アリシア、そなた馬車馬の調教は出来るのか」
「はい」
「それでは引き続き、フィンダスの事はそなたに任せるとしよう」
「かしこまりました」
王は馬場横で待機していたフィンダスにもう一度愛撫をすると、薔薇厩舎から出て行った。
王を見送りホッと胸を撫で下ろしていると、後ろからコツンと頭を小突かれた。
「さすがに俺もハラハラしたぞ。よくもまぁ使用人の立場であんな事を進言したな」
最後まで言おうかどうか迷ったし、こんな生意気なことを言って最悪、首が飛ぶかもなぁ。とも思った。
でもアリシアとしては、その馬の持つ魅力を存分に引き出して、発揮させてあげたい。自分の信念を曲げてまで生きていたいとは思わない。
それに……
「いざとなったら、フェル様が守って下さるかと思って言いました」
えへへ。と笑ってみせると、フェルディナンドが珍しく照れたようにして顔を背けた。
「お前のそう言うところ、ずるいんだよなぁ……」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何でもない」
「ところでフィンダスは何処からやって来た馬かご存知ないですか? あの子の歩様、本当に美しくて……。出来ればあの歩様が出来る馬を増やしたいんですけど。王族はもちろんの事、貴族の乗る馬車を轢かせるのにピッタリですよ」
フィンダスの子供を増やせればいいが、あいにく騙馬なのでそれは叶わない。どこかにこの歩様が出来る馬が居ると言うのなら是非とも手に入れたい。
絶対に人気が出ると確信を持って言える。
「ふーむ。それならどう言う経路でやって来た馬なのか調べてみよう」
「ありがとうございます!」
「貸し2、でな」
「それではその貸し2の方は、フィンダスの様な歩様をする子を増やして私が一発大儲けしたら、分け前としてお返しします」
「それは楽しみだ」
外へ出るとフェルディナンドはクルメルに、アリシアはバームスへと跨った。
今日のところはフィンダスの手入れは王付きの厩番に任せる事にして、アリシアとフェルディナンドは薔薇厩舎を後にした。