提案
昔好きだった男性と偶然の再会。
一度忘れかけていた恋心に再び火がつき燃え上がる、なんて事は恋愛ではよくある事だ。
もしかしたらこれは『運命』!と感じているかもしれない。
アリシアと別れて執務室へ戻ってきたフェルディナンドは、椅子の上で仰け反って大きくため息をついた。
手のひらで転がすつもりが、これでは完全にあちらに転がされてしまっている。
なんでこうも上手くいかないのか。
思えば初めて会った時から、アリシアをうまくコントロール出来ない。
いや、自分自身をコントロール出来ていない。と言った方が正しいだろうか。
アリシアを前にすると、女性が憧れ、思い描くような王子様を演じられなくなる。
ここは冷静に考えよう。
仮にアルフレッドとくっ付いたらどうなるのだろうか。
それなら夫婦で軍部で働いてもらって、クルメルの世話をさせてればいい。ふたりの間に子供が出来たら乳母を付けさせて……
いや、考えるとイライラしてきた。
やめよう。
フェルディナンドは苛立った気分を紛らわせるために稽古用の刃を潰した剣を手に取ると、演習場へと向かった。
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クルメルの世話、王の馬の調教、装蹄の仕事、そしてアルフレッドとリリとの仲を取り持つためにあれこれとやっていたら、あっという間に約束の2ヶ月がたった。
今はフェルディナンドと一緒に薔薇厩舎にある屋内馬場で、アリシアによる調教を終えたフィンダスに王が乗っているところを見ている。
王はひとしきり乗り回してフィンダスから降りると、王付きの厩番に手綱を渡してこちらへとやって来た。
「よくここまで矯正した。舌を出さなくなった上、随分とこちらの指示を聞くようになった。私の厩番達はかなり手こずっていたと言うのに、一体どんな調教をしたのだ?」
「フィンダスのハミ=痛いもの、と言う思考回路を改めるようにしました」
「と言うと?」
「まず私は舌を出す原因について考えてみたのですが、ハミのサイズが合っていないと痛がって舌を出す事があるので確認してみたところ、これが原因では無さそうでした。次に考えてみたのは単純に遊んでいるだけ、という事です。たまたま何かの拍子にハミを越えたり下から舌を出して遊ぶことを覚えてしまったと言うケースですが、これも違うと判断しました」
「ふむ、それは何故違うと分かった?」
「この子に乗ってよく観察すると、いつも手綱でコンタクトを取ろうとしたところで舌を出すんです。もし遊びで覚えたとしたなら気まぐれでやる時とやらない時がある筈ですが、毎回手綱によるコンタクトをとる度に舌を出していました。恐らく陛下がご購入なさる前の騎乗者が、強く拳で操作して痛かったのでしょう」
「なるほど、それでその痛みから逃れるために舌を逃がすことを覚えてしまったと言う事か」
「恐らくはそういう事だと思います。フィンダスのハミへの不信感を払拭するために、手綱によるコンタクトに細心の注意をはらいながら、フィンダスにとって一番快適な環境を提供する事に注力しました」
ハミは馬の歯の生えていない部分に引っ掛けて、ハミ身の中央にある接合部で舌を下顎に押さえつけることで騎乗者に従わせる道具。
慣れさせれば馬は文句も言わずにつけてくれるが、口の中に金属を入れられて操作されればストレスである事に間違いない。
その上更に強い力で無理やりガチャガチャと手綱を操作されてはたまったもんじゃないだろう。
とにかくフィンダスが、ハミから受けるストレスを最小限に抑えられるように注意しながら騎乗するようにしてみた。
「フィンダスに騎乗するときは、体重移動や鐙のコンタクトの方に重点を置くようにして乗られると良いかと思います。手綱による操作が激しいと痛みを思い出して、また同じことを繰り返してしまうかもしれませんので」
「分かった。そのように致そう」
他にもまだ言いたい事があるアリシアが、言おうかどうしようかと迷ってモジモジとやっていると、フェルディナンドが不思議そうな顔を向けてきた。
「どうした、アリシア。何か言いたい事があるのか?」
「えーと、はい。余計なお世話かもしれないですけれど……」
「なんだ? 申してみよ」
「フィンダスは常用馬として使うよりも、馬車馬として使ってみてはいかがでしょうか」
「馬車馬とな?」
「はい。フィンダスの脚をクイッと高く直線的に上げるあの歩様で馬車を轢かせたら、凄く見栄えがいいと思うんです。後ろ脚の脚力も素晴らしいですし、持久力も馬車馬として申し分ありません」
度胸もありそうだし軍馬としての素養もありそうな子だけれど、周りに物騒な国もなく平和を好むこの国の王が自ら戦場へ赴くことは無さそう。となると、軍馬としてよりは馬車を轢かせる方が良さそうだと判断した。
とにかく常用馬にしておくのは勿体ない。
勘違いさせるのが得意なアリシアちゃん(´-∀-`)