ご相談
翌日、装蹄師長からようやく解放されて厩舎前のベンチでボケーっとしていると、目の前に芳ばしい香りのする筒がぶら下げられた。
「クルトシュっっ!!」
ガバッと掴み取ろうとすると目の前から消えた。
「何か言うことは?」
「お疲れ様でございます、ご主人様。お腹を空かせた哀れな子羊にどうかあまーいお菓子をお恵みください」
「よろしい」
渡されたクルトシュにかじりつくと、お砂糖の甘みが口いっぱいに広がる。
クルトシュは煙突のような筒状をしたパンとお菓子の間のような食べ物で、外はカリッ、中はもっちりとしていて、よく道端の屋台で売られている。
外側には砂糖がたっぷりとまぶされていて、シナモンやココアなどのバリエーションもあるけれど、アリシアは生地の芳ばしい香りがダイレクトに感じられる、シンプルなシュガーがいちばん好物だ。
フェルディナンドは時々こうして外出先で買ってきたり、誰かから貰ったであろうお菓子を甘い物は苦手だからとアリシアにくれるので、有り難く頂いている。
餌付けされているような気分にならなくもないけど、普通ならこんなにお菓子にありつけないもんね。役得役得。
しばらく観察されながらもモグモグやっていると、フェルディナンドが突然笑いだした。
「何ですか?」
「いや、よく食うよなと思って。お前、 ご令嬢たちの間で流行ってるダイエットって知ってるか?」
「だいえっと? 何ですかそれ」
「食事を制限したり、運動したりして痩せることだ。お嬢さん方は体型を維持するために必死さ」
「へぇ。そう言うのは食うに困らない金持ちだから出来るんですよ。私のような労働階級は食事を制限するなんて有り得ませんね」
「はは。なるほど、そうだよな。その代わり補正下着なんかでぎゅうぎゅうに締め付けなくてもいい体付きをしている」
さすがはエロガッパ二世。目の付け所が変態だ。
「アリシア、付いてる」
「はい?」
フェルディナンドはアリシアの口元に手を伸ばすと指で砂糖を拭い、そのままペロリと舐めた。
「うーん、甘いなぁ」
甘いなぁ、じゃない! 何やってんの!?
こんなところを女官にでも見られたら、裏で半殺しにされてしまうっ!!!
はわわわわ、と慌てながら周りを見回して、誰にも見られていないことを確認する。
多分、大丈夫だ。多分!
「ところでお前、アルフレッドに『アリィ』って呼ばれてるんだな」
「?」
「それじゃあ俺はエルシーとでも呼ぼうかな」
「いえ、普通にアリシアでお願いします」
だいたい私のことを「お前」ってばっかり呼んでるんだからアリシアで良いじゃないか。
あれ? 思い返してみれば、初めは「貴女」って呼ばれてなかったっけ……?
出自の良い女官はともかく、メイド達のことも貴女と呼んでいるから、もはや私を女として見てないな、これは。
アル兄と言えば、聞きたいことがあるんだった!
「あの……そんな事より、フェル様にご相談があるんですけどよろしいでしょうか?」
「どうした、改まって」
こんな事を聞くなんて自分の事でもないのに急に恥ずかしくなってきて、昨夜のリリの様にモジモジしてしまう。
「その……好きな人が出来た時って普通、どうするものなのでしょうか?」
「は……?」
「私、恋愛経験はあんまり(と言うか全く)無いので、どうしたらいいのか分からなくて。フェル様ならそういう経験豊富そうなのでアドバイス頂けませんか?」
「…………。その相手ってまさか、アルフレッドの事か?」
「そうです。よく分かりましたね」
これだけしか言っていないのに誰のことか分かるなんて、さすがは数々のご令嬢と浮世を流しているだけある!
思わず感心して心の中で拍手をおくってしまう。
「そうだな……。普通ならまずは結婚しているかどうか、恋人はいるか、好きな人はいるか。それからどんな人が好みかとか知ろうとするんじゃないか? アルフレッドは結婚はしていないから、まずは彼女がいないかどうかだな」
フェルディナンドがぶっきらぼうに答えた。
そんなに怖い顔しなくたっていいじゃない。まさかアルフレッドがモテているからって妬いているのだろうか。だとしたらかなりの狭量だ。
「なるほど。アル兄の好みの女性……。確かに知りませんでした。次に会った時に聞いてみます! ありがとうございました!!」
やっぱり恥ずかしさを我慢して聞いてみてよかった。
アリシアは勢いよく立ち上がってぺこりとお辞儀をすると、仕事の続きをしに厩舎の中へと入っていった。