恋は突然にやってくる~リリ編~
アリシアは暇さえあれば装蹄師長に付いて回る日々が続いた。
装蹄師の仕事は1本の鉄を打って蹄鉄を作るところから始まるのだが、アリシアはクルメルと王の馬の世話があるので今のところは免除して貰えている。
アリシアは鉄を熱して打っていく作業がいちばん苦手なので、不幸中の幸いと言ったところか。
クタクタになりながらリリと一緒に夕餉をいただいていると、アルフレッドが隣に座ってきた。
「アリィ、お疲れ様。だいぶキツく絞られてるみたいだね」
「あんのクソジジイ! いつか絶対、ギャフンと言わせてやるんだからっ!」
乱暴にケニエルを口に放り込んでいると、前に座っていたリリが「どちら様?」と目で訴えてきた。
「んあ、このひほはあぅふぇっと。ほうてーひ」
「飲み込んでから喋りなよ。僕はアルフレッド。装蹄師だよ」
アルフレッドに貰ったミルクでケニエルを流し込むと、コクコクと頷く。
「そうそう、例のジジイに付いて仕事してる幼なじみの装蹄師。この子はリリで洗濯係さん」
「こらこら。あの方凄い人なんだからさ」
「腕は確かだけど口が悪い」
「どっちもどっちだよ、ねえリリさん?」
「へっ?! あ、そ、そうですね」
ぽけーっとした顔をしていたリリが、ハッと正気に戻った。
「リリ、具合でも悪いの? 心なしか顔赤いよ」
「そっ、そんなことない! 大丈夫よ。スープがちょっと熱いだけ!」
「ふーん、そう? ならいいけど」
ぬるくなったスープを掬って飲みながら訝しんでいると、アルフレッドがそうそう、と話を続ける。
「中佐、俺の事何か言ってなかった?」
「アル兄の事は何も言ってなかったけど……何かしたの?」
「んー、俺は何かした覚えは無いんだけど、アリィが装蹄師長に付くようになった頃からどことなくつっけんどんと言うか……中佐の気に障るようなことをしたのかなぁ」
「フェル様だったらアル兄が何かやらかしたら直接言うと思うけど。たまたま虫の居所が悪かったんじゃない?」
「そうかな。そうだよな。俺に気を使って注意しないなんてことないか!」
「うん、そう思うよ。さぁーて明日も早いし、もう行くね。リリはごゆっくりー」
まだモグモグやっているリリの相手はアルフレッドに任せて、食器を片付けて部屋に戻った。
*****
「ねえアリシア、今ちょっとだけいい?」
「んん? どうしたの」
お風呂上がりにベッドで髪の毛を乾かしながら梳いていると、リリがベッドの2階からひょこっと顔を覗かせてきた。小動物感が半端ない。
「その……あの……」
アリシアのベッドへとやって来たリリが、耳元で内緒話でもするように手をやってモジモジしているけどくすぐったい。
「なになに? 秘密の話?」
「アリシアとアルフレッドさんって付き合ってるの?」
「はい?」
「仲良さそうだったから」
「幼なじみで仕事仲間ってだけで、ただそれだけだよ」
「そうなの? 良かった。それじゃあご結婚とかされてないのかな?」
「結婚? どうだろ」
アルフレッドは宿舎で寝泊まりをしているけど、もしかしたら家に家族を残してここで働いているのかもしれない。そういう人も実際多いので分からない。
アリシアより5歳年上だししっかりと手に職もあるから、奥さんや子供が何人かいたって不思議ではない。
アルフレッドとは馬の話ばかりで私生活については何も知らないことに今更ながら気が付いた。
リリは「そっかぁ」とまだモジモジやっている。
……あれ? これってもしかして、もしかすると……。
「リリ、アル兄の事好きになったの?」
「あっ、えっ……わっ、分かんない。でも話しやすいし、優しそうだし、かっこいいし……」
顔を真っ赤にしちゃって。もう当たりじゃん。
「うんうん。アル兄はちょっとボケてる所あるけど、基本優しくて、手先が器用で、仕事中はキリッとしていてかっこいいよ。おすすめ」
「本当? 応援してくれる?」
「もちろん」
「ありがとう!」
むぎゅーっと抱きつかれたけど、はて、恋の応援ってどうすればいいんだろ?
そういう事には滅法疎い。
これまで友達が、誰のことが好きだのなんだのって話をしてくれてもただ相づちをうつだけで何かしたことなんてない。相手もアリシアが恋愛に疎いことが分かっているので相談はもちろん、応援だとか協力して欲しいとか言われたこともない。
恋愛事に詳しそうな人……。
とある御仁の顔が頭を掠めた。
聞くの、嫌だなぁ。
他の友達になったメイドにでも聞いてみようかな、と考えていると「恥ずかしいし、他の人にアルフレッドさんを取られたら嫌だからメイド仲間には内緒にしておいてね」とリリからクギを刺された。
仕方ない。明日かるーくあの人に聞いてみるか。と、布団を被って眠りについた。