薔薇厩舎(2)
と心の中で連呼していると、フェルディナンドがニヤリと口元を歪めた。
「ウソだよ。そうだな、お前に権力うんぬんの話をしても意味は無さそうだ。分かった。陛下には仮に成功したとしてもお咎めは無しと掛け合ってみよう」
こいつ悪趣味だ。
「ありがとうございます。謹んでお引き受け致します」
フェルディナンドがアリシアの肩を叩きながら耳元で囁いた。
「お前にひとつ、貸しを作っておくのも悪くない」
ぐぐぐぐっ
その裏表あり過ぎる整った顔を殴り飛ばしてやりたい!!!
ムカムカしながらも、早速問題の馬フィンダスを伴って馬場へと向かう。
「ばっ……馬場って屋内にあるんですか?!」
厩舎から屋根付きの通路を通って再び屋内に入ったから何かと思えば、なんと屋内馬場だった。
雨が振ろうと風が吹こうと、快適に乗馬を楽しめると言う訳か。
屋内に馬場を作ろうなんて発想のないアリシアからすると、金持ちのする事にはホント、驚きを通り越して呆れてしまう。
家のない人だっているのにねぇ。
現国王は自ら戦を仕掛けていくような人でもないし、平和で文化的な国づくりをしてくれてはいるので不満は無いんだけどさ。
「どこがどう悪いのかは説明を聞くよりも乗った方が早い」
「分かりました」
フェルディナンドに見守られながら小一時間程フィンダスに乗って馬場の中を走ったり、障害を跳ばせたりと色々試してみる。
一通り試し終えるとフィンダスに愛撫をして降りた。
「どうだった?」
「癖は諸々ありますが、気になっているのは舌を出す癖でしょうか?」
「そうだ」
フィンダスは運動を始めると舌を横から出しはじめた。
そう言う馬は街中でも時々見かけるし、凄く珍しいという訳でもない。
舌を出す子は操作性が悪い場合が多いが皆そこまでは気にしない。要は目的地まで荷や人を運び届けてくれればいいわけで、舌が出ているかどうかなんてどうだっていいのだ。
ただ、王が乗る馬となるとそうはいかない。
威厳や品格という物が必要な王が、テヘペロと舌を出した馬に乗っていては格好がつかない。
「王付きの厩番たちも矯正しようとあれこれやって、最終手段で舌を縛ってみたらしいんだが少しもよくならない」
舌を縛るのかぁ。合理的と言えばそうだけど、タダでさえハミを咥えて窮屈な思いをしているのに、更に舌を縛り付けてしまうのはどうかと思う。
「そもそも何で舌を出す癖がある子を買ったんですか? それとも頂き物なのでしょうか」
「いや、出先でたまたま見かけて一目惚れして買ってきたらしい」
たまたま見かけてって、市場で美味しそうなトマトがあったから買ってきちゃった。みたいなノリで言わないで欲しい。いくらしたのよ、この子。
でも確かにフィンダスは、小顔に大きな瞳、スラリと伸びた長い首に尾が尻の高い位置に付いていてなかなかの男前。
クルメルに一目惚れをして子種をせがんだ結果、こうしてここに居るアリシアもあんまり人の事は言えないかもしれない。
「ふた月でいけるか?」
「約束は出来ません。ただ、ベストを尽くす事はお約束します」
何せ相手は生き物。人間だっていくら練習したり気を付けてみても、出来ない事、癖が治らない事なんていくらでもある。
あとは乗り手の技量とその馬の個性を受け入れてあげる度量の大きさ次第だけど、王相手ではアリシアは何も言えない。
「分かった。頼んだぞ」
それから軍部の厩舎と薔薇厩舎を往復する日々が始まった。
フィンダスの性格や癖を知りたいのと、信頼関係を築くために調教だけでなく世話もする事にした。
軍部と薔薇厩舎がある場所はほぼ反対方向。往復するだけで時間がかかるので、フェルディナンドが自分の馬を移動に使って良いと言ってくれたのは良いが、ものすごく気が引ける。
本人は気軽に言ってくれるけど、他の人から見たら王子が使用人に自分の馬を貸しているのだ。チクチクとした視線を感じてしまう。
今日も軍部でひと仕事を終えて薔薇厩舎へと向かおうとしたところで、フェルディナンドに呼び止めれた。